大変身 03






「なんだかな…」

結局あれから有耶無耶のままにふみこの依頼を受けてしまい、預かった《それ》を眺めながら、日向は緩慢に大量の紫煙を作り出していた。

「天上天下唯我独尊なあの魔女に、常識なんざあってないようなモンなんだろうが…俺の正体を知っててこんな依頼をするか普通?」

ふみこの依頼は、本来なら日向のようなしがない探偵ではなく、それを専門に扱う職業がある。



『あなたに預けるのは誰かと違ってとっても賢い子だから、粗末に扱ったら殺すわ』



と、いいながらふみこが日向に預けて行ったものは。

「デカいな…」

黄金に近い日差しのような柔らかな茶色の毛並みをもつ、大きな大きな1匹の犬。
かくて流されるまま?に超がつきそうな大型犬を預かることにはなったものの、正直日向は不安を拭えないでいた。

「…人狼が犬の世話ねぇ…」

勝手に寝そべることもなく、きちんとお座りの姿勢のまま小首を傾げて自分を見上げている《それ》に、日向は言い訳がましくぶつぶつと話しかける。

「自慢じゃないが、俺は生き物の世話なんかした事がない。
ましてや最近は…世話を焼かれていたしなぁ」

《それ》が嫌がる気配を見せないのをいいことに、わしゃわしゃと少々強引にかき混ぜるように頭を撫でながら、ここしばらくとんと音沙汰のなくなった半同居人を思い出す。

「本来なら俺じゃなくあいつの方が適任なんだが。
ま、預かった以上出来る限りのことはしてやる。その代わりおまえさんも、なるべく俺の邪魔になるようなことはしないでくれよ?」

犬相手に日向はそう真剣に語りかければ、判っているのかいないのか、《それ》はまるで返事をするように、鼻の頭で日向の膝に軽く触れる。

「…金はどこに行ったんだろうな…」

はぁ…と盛大な溜め息をつきながらのこの言葉に、《それ》はとんと無反応だった。






しかし、《案ずるより産むが易し》、とは良く言ったものである。






「…どうした?」

うるさい共同経営者の居ぬ間に、書類の仕事を(とうに忘れていた根性で)懸命にこなしていた日向は、ふみこから預かった大型犬がふいっと自分のそばから立ち上がり、器用に事務所入口のドアを開けて階下に降りて行った事に気付いて、もうそんな時間なのかと顔を上げた。

「お、ありがとさん。…しかしお前さん…俺に気を使わないで、ゆっくりくつろいでてくれて構わないんだぞ」

そしてすぐに戻ってきた《それ》から配達されたばかりの夕刊を受け取りながら、万能執事の言葉通り、自分にとってとても役に立つこの大型犬に、感嘆に近い溜め息を零す。

「なんというか…あんまり犬らしくないな」

決して悪い意味で言っている訳ではない。

「篭と金を預ければ使いはしてきてくれるし、ちらかった書類はまとめておいてくれるし、なんたってお前さんは散歩もトイレの世話も必要ないんだもんなぁ」

生きた預かりモノは本当に日向の役に立っていたし、聞かされていた通り本当に多少の世話しか必要がないのだ。

「…預かるこっちとしては助かるが…お前さんの飼い主は面白い躾をしたんだな」

教えた訳ではないのに自分からトイレに向かうので(しかも扉もちゃんと締めるし水も流すのだ)、日向がしている世話といったら食事とブラッシングくらいで、この程度なら自分の食事時と、朝起きた時に自分が髪を鋤く時に一緒にしてしまえば手間などないに等しい。

(こんな預かり物なら預かってみるのも良いもんだ)

それに金がそばにいない物足りなさを、《それ》はいつの間にか補ってくれていたのが、そんなことを考えてしまう原因なのかもしれなかった。








(金のやつ…連絡がつかなくなってもう10日だぞ。まさか本当に何かあったんだろうか…)




ふみこから《それ》を預かって3日目の夜。

(いや、何かヤバい事があったらすぐに連絡しろとは言ってあるし…それに俺の狼の勘が働かないんだ。金は無事に決まっている)

根拠のない己の勘を働かせて、夜も更けた時間に日向はだだっ広いベッドに身を沈めていた。

「小言もないと寂しいもんだな…」

これのもう一人の使用者である金からあれだけするなと怒られた寝煙草をしながら、日向は不安はなくとも言い表しがたい物足りなさをなんとかごまかしていた。

「…なんだ。寝煙草をするなっていいたいのか?」

しかしベッド脇にしかれたマットの上で寝ていたはずの預かり物が身を起こし、日向を窘めるように軽くシーツを噛んで引っ張った。

「判ったわかった。もう消すから」

何かいいたげに眉間に皴をよせて懸命にシーツを引っ張るその姿に、日向は苦笑を浮かべることしかできない。

「…なぁ犬さんや」

日向は身を起こすと煙草を消し、シーツを噛んだままの預かり物をひょいっと抱き上げてしまった。

「お互い一人だ。今日は一緒に寝るか?」

これに対して預かり物は、さらに眉間のしわを深くしても抵抗する気配は見せなかった。
今夜は特別と一人言をつぶやいてから、《それ》を自分の隣に下ろし、日向は変化した時にいつもされているようにぎゅっと抱き締めた。

「なるほど…これじゃいつもあいつがねだるわけだ」

日向(ひなた)の匂いのする自分以外の毛皮が頬をくすぐる心地好い感触に、日向は狼になった自分を抱き締めたがる金を思いだす。
ちなみに、この預かり物は何故か名前を教えてもらえなかったため、日向は勝手に《犬さん》とひねりのない呼び方をしていた。

「気持ちいいのか?」

眉間と鼻筋は優しく、そして耳の付け根は掻くように少し強めに撫でられて、《それ》はねだるように自分から日向に身体を擦り寄せてくる。




(…金が犬になったら…こんなカンジなんだろうか…)




心地よさげに目を閉じる預かり物を眺め、日向はまどろみ始めた意識のなかで、ぼんやりと考えながら眠りに付いたのだった。

                              


/
戻る?