大変身 04




「すっかり馴染んだわねぇ」



《犬さん》との共同生活にも慣れ、ついでに頑張った成果で、デスクワークもようやく区切りがついた…と肩の力を抜きリラックスしていた日向のもとへ、まるで見計らったようなタイミングでふみこが現れた。

「何をしにきた…」
「決まってるでしょ。このコに会いにきたのよ」

ふみこがやってくるとロクなことがないと、必然的に警戒体制に入ってしまう日向など気にもとめない。

「元気にしていたみたいで安心したわ」

ふみこは自分がこの場に足を踏み入れた瞬間から、ちぎれんばかりにしっぽを振って駆け寄ってきた《犬さん》を優しく撫でてやる。

「……」

そして日向と言えば、そんな《犬さん》の姿を見て、面白くなさそうにそっぽを向いて煙草を蒸すのだった。



…自分でもおかしいとは思うのだ。



(元々の飼い主はあの魔女なんだ。だからあいつが喜ぶのは当り前じゃないか…)

ふみこに会えて撫でられて、それが嬉しくて犬がしっぽを振るのは当り前。
当り前なのだが…。

(面白くないぞ、犬さんや)

日向に対してはこちらから強引に抱き寄せたり話しかけて、そこで漸く遠慮がちに甘えてくるくせに、羽目を外すことはなくともふみこには自分から駆け寄り、ちぎれんばかりにしっぽを振っているのが面白くない。

(一緒に寝てる仲じゃないか…)

と、来客に無視を決め込んでぷかぷかと煙草を蒸す日向だったが、自分がかなり変な具合に思考を巡らせていることに気付いていない。

(そういや金もあの魔女には弱い。…まさか俺はあの魔女より格下なのかッ?!)


それは今更。むしろ今頃気付くな。


(ああくそっ、あれが金ならすぐにでもひん剥いて、鳴かせながらどっちが上か聞けるのにッ!)

すでに自分の世界に入ってしまった日向は、ふみこと《犬さん》が白い目で自分を見ている事に気付かない。

(…いやまてよ、相手が犬なら俺が変化すりゃいいのか?
あー…でもさすがの俺も、雄犬相手は要領がなぁ…)

待て日向。お前すでにかなりおかしい。我に返れ冷静になれ今すぐにッ!!
…などという親切なツッコミなど入るワケもなく。

「…ねぇ。あんな大馬鹿がいるのに、あなた本当にここにいたいの?」
『……』

《犬さん》を相手にふみこの口からこっそり呟かれたこの言葉の意味も知らず、一人馬鹿な世界を描いて没頭する探偵だった。

「ちょっといいかしら日向」
「なんだ…あ。」
「気味が悪いわ。独り言なら誰もいない時にして頂戴」

一人あーでもないこーでもないとぶつぶつ呟く不気味さに、魔女が不快感を目一杯顕にして日向を呼べば、そこでようやく己が考えていることを口にしていた状況に気付いたらしい。

「何を考えていたのかは、あえて突っ込まないでいてあげるけど。
…でもね。もし、万が一それを実行してごらんなさい。私はあなたの剥製を作ってあげるわ」
「……」

しかも脅し以外の何物でもない魔女の忠告にやっと我に返れば、匿われるようなかたちで彼女の背後から自分をにらみ付けている《犬さん》に気付き、二重の意味で血の気が引いた日向だった。

(…?)

やっと我に返って慌てて(取り繕うように)何もしないと首を振れば。

「あ…あれ?」

ふみこの背後に匿まわれ己を眈みつけている《犬さん》の姿が、一瞬だけ音信不通状態の想い人と重なり、日向は思わず目をしばたいた。

「何よ。今度は白昼夢でも見たのかしら?」
「いや…」

しかしそれは気のせいだったようで、そこに居るのは間違いなくあの《犬さん》だった。
とうとうあまりの金へ会いたさに、見間違いを起こしたか…と日向は腕を組んで首を傾げた。

「……盛大に愛されてるわね」

そんな日向の姿に、自分の後ろに匿まわれたままの《犬さん》に、からかうような視線を送れば。



『……』




眉間にしわを寄せて小難しい顔で考え込む《犬さん》だった。


                             

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