大変身 05




「まーったく…」

暇潰しと預け物の御機嫌伺いと、そして《あわよくば玖珂がいればヨシ》の理由から、苦手な魔女に襲撃…ではなく訪問を受けていた日向は。

「うちの事務所を狭い汚い言うくらいなら、わざわざこなけりゃいいと思わんか?」

先ほどまでやたらと《犬さん》を抱き締め、過剰なスキンシップを与え続けたふみこの態度が気にいらないらしく、彼女の移り香のする(日向の鼻限定)犬さんの毛皮からそれを消し去ろうと、躍起になって洗っている最中だった。



しかし、《犬さん》にとってそんなことは全く問題にならず。



「…こら暴れるな!」

今のこの現状を甘んじて受けるのが嫌だと言わんばかりに、隙あらば日向の魔の手(…)から逃れようと躍起になっていた。

「なんだ。男同士なんだから照れる事はないだろうが」


…そういう問題じゃないぞ日向。


この賢い《犬さん》が嫌がっているのは、先ほどの日向の危ない独り言のせいで、しっぽとお尻の辺りを触られるのが恐いのと。

「……何もそんなに牙を剥いて嫌がることはないだろうが……」

《犬さん》の毛皮のみならず、自分まで洗おうとすっ裸でこの狭い浴室に篭もっている、日向そのものが原因だった。

「居候のくせに逃げるな!」

なまじ《犬さん》は超が付きそうな程の大型犬だ。
…向かい合って洗われたら見たくもないモノが調度頭の所に来るし、かと言ってあんな独り言を聞いた後では、背後から洗われても身の危険がありすぎる。

「おーまーえーはッ!(金じゃないんだから)おとなしく俺に洗われろッ!!」

今までおとなしかったのが嘘のように暴れ出す《犬さん》に、何故かムキになって犬用シャンプーを振りかける日向だった。





「ほーら気持ちが良いだろうが」

やっとの思いで《犬さん》を洗い上げ、浴室と自室までの道程を水浸しにしつつもタオルで水気を拭き取り、優しくドライヤーをあててブラシをかけてやれば。

「俺の好意を無視して暴れるお前さんが悪い」

あれから力尽きて結局全身洗われてしまい、今はされるがままながらむすっとしている《犬さん》が。

「…ことあるごとに俺は金から洗われてるんだ。決して下手じゃなかったろうが」


…だからそういう問題じゃないと思うぞ日向。


《犬さん》の毛皮が完全に乾いたのを確認してからドライヤーを止め、耳障りな風音のなくなった分、静寂に包まれた自室で。

「ヨシ。これであの魔女の匂いは消えたな」

《犬さん》に対してここまでムキになりながら、日向は未だに気付かない。




…いつの間にか《犬さん》に対する態度が、音信不通の想い人に対するそれと同じ具合になってきた事に、日向は全然気付かない。












ふみこから《犬さん》を預かって一週間。
…そして金が音信不通になってからニ週間。


「絶対何かあったな」


苦手な書類仕事からようやく解放され本来の探偵家業に戻った日向は、一仕事終えて帰宅する為に夜の街を歩きながら、いよいよもって魔女を疑いそれを確信していた。

「金だけじゃなく(気が付いたら)光太郎も音沙汰がないんだ。
絶対にあの腹黒ばばあが一枚噛んでるはずだ」

お前弟子は金の二の次なのか日向?
弟子の危機(かも知れない)は気にならないのかッ??

「そして俺の金は、あの光太郎(バカ)の災難のとばっちりを食ったと見た」

この俺の推理が正しければ、光太郎が戻ってきたらしこたま説教かまして減給(むしろ無給)で働かせる!
と意気込んでいるあたり、日向の思考回路は完全に金第一で光太郎は見事に
二の次だ。

「今帰ったぞ犬さんやッ」

しかも今の段階で光太郎は、そんな日向を嬉しそうにしっぽを振って出迎える《犬さん》よりも格下になっているようだ。



何故かというと。



「喜べ犬さん!今日の土産は肉だぞ肉!」

日向は光太郎に土産など絶対に買わない。
いや、金以外に土産なぞ買ったためしがないからだ。


他人様の犬相手に土産を購入してくる日向玄乃丈・三十路一年生。



「ちゃんと火を通してからな。生は駄目だぞ、生は」




恋人不在の寂しさを紛らわせる為に預かりモノの《犬さん》の世話に精を出す、寂しい中年予備軍だった。








しかし。








その寂しさはあっさりと打ち消されるものである。

















「じゃあいつもの煙草を頼む。大丈夫か?」

日向が小銭の入った財布を《犬さん》の首にかけ、小さな篭をくわえさせて頭を撫でてやれば。

「ああ、いつもの事だもんな」

ちょいちょいっとお手をするように前足を差し出され、日向はついつい苦笑い。
そして事務所のドアを開けてやれば、教えた訳でもないのに慣れた様子で《犬さん》はお使いに駆けてゆく。

「さてと…新聞でも読むか」

事務所の中しばし一人になった日向は、いつもの日課である新聞に目を通そうとソファに腰を下ろし…



だだだだだだバタンッだだだだだ
だだだだだガチャッ!




と言う、けたたましく騒がしい音に度肝を抜かれて、新聞に手を伸ばしたまま固まってしまった。

「な…なん…」

壊す勢いで何かが事務所のドアを開け、何かはそのまま奥にある浴室へと駆け込んでいった。
そんな突然の訪問者に驚いて日向が振り返りれば、それが浴室へ駆け込む直前ほんの一瞬だけ視界をかすめたのだが…。


「き、金ッ!?」


そのかすめたものが信じられなくて日向は声が裏返ってしまった。

(あ、あれは金だ。間違いなく金だ!し、さかし…しかし…なんなんだよオイッ!)

ようやくその姿を見ることができて嬉しいというよりは、今目にした者の姿に驚くあまりに、日向の心臓はばくばくうるさいほどに脈打っている。

(ちょっと待て!いきなり帰ってくる以前になんなんだ、お前さんの格好はーッ!)

…いきなり日向の前に現れ…るよりもまず浴室に駆け込んだ金は。




「お前のそんな姿を見ていいのは俺だけだろうがーッ!」






…何故か一糸纏わぬ全裸だった。


                               



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