大混乱 05






「なぁ金さんや」
「ハイ、何でしょうカ?」
「……今日でもう1週間だぞ」




何となく会話が少なくなりながらも、それでも3人で朝食を取っていると、何かを含ませた口調で日向がぽつりと呟いた。

「ここから出られないのも、いい加減我慢の限界だ」
「……」

それに合わせるように玄乃丈も頷くと、箸を置いて大きく一つ溜め息を零す。

「オゼットの奴…俺たちを本気で元に戻すつもりがあるのか?」
「もちろんです!ふみこサン、毎日沢山調べています!」
「…だが、結果は出ていない」
「それは…」
「仕事の方は、光太郎やお前さんがやってくれているからまだいいさ」
「だがな金さん。毎日毎日こうも閉じ込められてみろ。気が滅入るっ!」
「………ス、スミマセン……」

だんッ!とテーブルを握り拳で叩くと同時に日向から語尾も荒く言い切られて、金は萎縮したように首をすくめてしまう。

「本当に、探していますカラ。ふみこサンも私も小夜サンも、皆日向サンを元に戻す、考えていますカラ…ッ!」
「わ、悪い…」
「スマン、お前さんに当たっても仕方がないんだよな」

そのまま深々と頭を下げられてしまい、二人は金に対して理不尽な八つ当りをしている事に気付き、慌てて自分たちの非を認めた。

「本当にスマン。苛々していた」
「悪かった。オゼットを信じていないわけじゃないんだ」
「金さんが悪いわけじゃないんだしさ。気にすることないじゃん」

あたふたと金を宥めにかかる日向達だったが、彼等が今苛々している…よりも納得いかないのは、ここで光太郎が(さも当然の如く)一緒に朝食を取っているということ。

「光太郎…」
「お前がそれをいうのか?」

しかも光太郎がいなければ、このまま金を抱き締めて宥めることが出来ただけに、腹ただしさも大きい。

「それになんでここで朝飯を食べているっ」
「別にいいじゃんか。所長の分の仕事してきたんだしさ。
育ち盛りにメシくらい食わせてくれよ」

遠慮もなく言い切る上に、御飯のお替わりを催促する光太郎。

「ふみこたんのトコで食べても良かったんだけどさ。…なーんかしばらく行かない方が良いみたいな気がするんだよなー」
「おまえがあの鏡を覗いていればこんな目に合わなかったのに…」

弟子の相変わらずのその危機回避能力の高さに、日向たちは呆れるやら腹が立つやら。

「それよりも。やっぱまず所長をどうにかしないとヤバくねぇ?」

光太郎は日向のボヤきをさらっと聞き流し、暗い表情のままお替わりをよそった茶碗を差し出す金に話を振る。

「ハイ…判ってはいるのですガ…」
「……うーん……割れた鏡を簡単に直す魔法ってねぇの?」
「ハイ。だから新しい鏡を作る、していますが…」

長い年月が必要なだけに、すぐに作り直すことは出来ないと伝えると、光太郎も眉間にシワを寄せて考えこんでしまう。

「な、金さん。割れた鏡を直せないんなら、割れる前に戻すってできねぇのかなぁ?」
「え…」
「あぁ…」
「なるほどねぇ」

しかし、魔術をまるで信じていない上に理解していない光太郎の思いつきは、大人たちは思いつかない逆転の発想だった。
しかし、その発想がはたして功を奏するのかどうかは甚だ疑問がのこるわけで…。

「そんな都合の良い魔法なんてあるのかねぇ…?」
「そんなモンがあったとしても、禁呪の域に入るんじゃないのか?
やり直しのきく術なんぞあったなら、頭の悪い権力の亡者どもがこぞって手に入れようとするんじゃないのかね」

一応神様の端くれ(失礼)である日向は、扱わないだけで魔術方面には詳しいだけに、食事中にも係わらず煙草に火をつけて考え始めてしまう。

「なんだよ。単に俺はは思いついただけなんだから、そんなに真剣になることないじゃんか」

なー?とザサエさんに同意を求める光太郎だったが、自分を除く全員が真剣に考え込んでいるその様子に、納得がいかず黙って目の前の朝食を胃に収める事にした。

「鏡を割る前の状態にする…」

だか、考え込むにしても金は(日向たちとは)また違った考えに思考を巡らせていた。


(何でしたカ…凄く、何かが引っ掛かるのですが…)


先日ふみこのところで気になった事と同じで、何か忘れているように思えて仕方がない。
魚の小骨が喉につかえたかのようなそのもどかしさに、金は懸命に思考を巡らせてみるのだが、そういう時は考えれば考えるほど判らなくなるもので。

「うー…」

なおも悪いことに、ここしばらくあまりにもいろいろな事を真剣に考えて悩みすぎたせいか、不意に金に激しい胃痛が襲ってきた。

「金っ?」
「おいッ!」

テーブルにつっ伏すように身を屈めてしまったことに驚いた日向達は、すぐ様椅子から腰をあげて、片方は青ざめた顔に冷や汗を浮かべる金の身体を抱き締め、もう片方はその冷や汗を拭い熱がないか額に手を当てる。

「だ…ダイジョウブ…ですカラ…」
「お前な、全然大丈夫じゃない顔色でそんなことを言うんじゃないっ」
「光太郎っ、オゼットに連絡して車を迎えに来させろっ!」
「わかった!」

大丈夫…と言いながらも胃の辺りの服を握りしめるその手は血の気がひいていて、金の性格上、それはかなりの痛みを我慢していることが見て取れる。
光太郎もさすがにのんびりと構えている場合ではないと悟ったらしく、玄乃丈が叫ぶと同時にふみこの携帯を呼び出す為の短縮ボタンを押していた。

「金…」

そして日向は…というと、金が痛みに上がる呻き声を噛み殺しながら、身体を丸めて痛みをやり過ごそうとするその様子に、明らかに怒りを顕にした様子で眉間を寄せた。

「この様子だとお前さん、胃が痛むようになったのは今日が初めてじゃないだろう?」

それは勿論胃痛に対してではなく、それを自分にまで黙っていた事に対してで。

「いつからだ?」

それから…いくら自分の事で一杯一杯だったとはいえ、金がこうなるまで気付けなかった自分自身に怒りが湧いてくる。

「…っ」

だがそれに気付いた金が、日向のせいではないと言う代わりに力なく首を左右に振ると、痛みにかすれる声を伝えるために俯いていた顔を上げた。

「……痛む、始まったは……だいぶ前から、デス…」

心配症の金なだけに、元々胃痛の気はあったのだ。
だがこんなに痛むのはこれが初めてで、日向の推測通り大丈夫とは言い難い。
金は医者に行くかわりにふみこの屋敷に連れて行かれる前に、流石に痛みの原因を探そうと最近の出来事に思いを馳せて…。



(お…思いだしました…!!)



より一層激しくなったその痛みを堪えながら、金はずーっ…と胸につかえていたそれを思い出した。





そう。





金がより胃痛を覚えるようになったのは、かの偉大なる魔女が気紛れで己の身体を幼女化させ、(未だに同一人物だと気付かない)光太郎を筆頭に、幼子さながらに我が侭を言っては自分達を振り回すようになってから。





そして。





そんな魔女の目下の楽しみは、幼い自分相手に年長者ぶりを見せる光太郎に甘えてみせること。








(…ふみこサン…怒るですね…)






ゆえに光太郎にだけは絶対に秘密の、その身体の時間を自在に操るそれこそが、金が思い出せずにいた《心当り》そのもの。




「金!」
「しっかりしろ!」
「金さんっ!」




おかげで思い出すと同時に更なる胃痛のタネの出現に、金は日向の腕の中、いよいよもって痛みに意識を手放した。




                               

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