大混乱 06



金が倒れてから数時間後。






「馬鹿だ馬鹿だとは知っていたはずだけど、あなたは本当に馬鹿そのものよ、可愛い可愛い大きな坊や?」




ふみこの指示のもと医療方面にも優秀な万能執事から手当を受けた金は、意識を取り戻した直後から、それはそれはしっかりと油を絞られていた。

しかも今回ばかりは皆同じ気持ちだったらしく、ベッドのすぐ脇に佇む日向達は勿論、少し離れた所でこちら伺うようにして立っている光太郎と小夜も一切フォローしない。


「ご迷惑、おかけしまシタ…」


金としても反論できる訳がなかったので、おとなしく説教をされるがままだった。

「まぁこれくらいにしておいてあげるけど。次からはこんなにひどくなる前に、ちゃんと私に言いなさい」
「ハイ…」

だが、意識を失うような胃痛に見舞われた相手なだけに、限度は弁えているらしい。
豪華極まりない天蓋付きのベッドに寝かされて、申し訳なさにまた新たな胃痛に襲われる前に、ふみこは宥めるように金の頬を優しく撫でる。

「いい子ね」

赤くなりながらもおとなしくされるがままの金に、ふみこは(それなりに)満足していたのだが、納得のいかないのは日向達である。

「それで?こいつの容体はどうなんだ?」
「もう大丈夫なのか」
「ふみこさん、金さんは本当に大丈夫なのですか?」
「糸目のおっさん、もう大丈夫なのか?」

金が目を覚ます少し前まで中に入れてもらえなかったばかりか、容体については何も聞かされていないのである。

「2、3日はまだ時々痛むでしょうけれど、もう大丈夫なはずよ」

その心配はもっともなことなので、ふみことしても別に何かを含ませた言い方はしないのだが。

「でも何かあるといけないから、今日明日は念のためにここに泊まりなさい。…いいわね?」

最後の《いいわね?》は金ではなく日向達に言葉を向けるふみこだった。

「…なんで俺をみる」
「何がいいたい」
「あら。わざわざ説明して欲しいの?」
「……結構」(×2)

いつもならここで反論の一つや二つしている所だが、そのせいで金の胃痛を再発させてはならないと己に言い聞かせ、あえてぐっと我慢の上でおとなしく引く日向達。

「ま、金さんが大丈夫で良かったよ。じゃあ俺、家に戻って寝るわ」
「そう。じゃあ小夜、光太郎を家まで送ってあげなさい」
「え、別にいい…」
「どこかそこら辺の公園で寝ないように見張るのよ」
「はいッ」
「……」

実際に帰宅途中にある公園で寝てしまえと思っていた光太郎は、先手を打たれて閉口するしかなかった。

「そんじゃ行くか、小夜たん」
「はい。では私は光太郎さんを送って参ります」
「気を付けてな」(×2)
「今日はスミマセンでした。お気をつけて」
「いいって。じゃな、金さん。お大事に」

ザサエさんを見上げながらやれやれと首の骨をコキコキと鳴らし、光太郎は日向達に見送られながら、気合十分な小夜を伴いふみこの屋敷を後にした。

「さてと…」

二人を玄関まで見送ったふみこは、金の元へ戻るなり軽く小さな溜め息をついた。

「ふみこサン?」
「日向。貴方たちも家に帰りなさい。金が余計な気を使う前に」

ここに残るつもりだった日向達は、冗談をいうなといいたげに眉を潜めた。
しかしふみこが「金は私が責任をもって面倒を見るから」と続ければ、二人の横目に映るのは、薬が効いてきたのかうつらうつらしはじめた金の姿。

「……」
「……帰りなさい」
「…わかった」

しばしふみこを眈みつけていた日向たちだったが、金の事を思うとこれ以上ふゆこに逆らうのは得策ではないと理解した。



「ん……。少しだけ…待つして下サイ…」



だが、微睡み始めていた金はそれに気付くと、腕を伸ばして力なく日向の上着を掴む。

「金?」
「どうした?」
「どうしたの坊や?」

そして金はそのまま頭だけを動かしてふみこへと視線を合わせ、ほぅ…と小さく息を吐いてから、静かな声で話始めた。

「私…何か忘れてる、思い出したデス」
「え?」
「鏡、直す…」
「あぁ、あの話」

ふみこにこくんと頷く金。

「何だったのかしら」
「…えぇと」
「?」

しかし言いにくそうに金が言葉を濁して、日向の上着を掴む力を心持ち強くしてしまうと、ふみこは一瞬だけ間を置いて、すぐに自分が金にどうしたら良いのかを理解した。

「スミマセン…」

日向達にはここに居て欲しいけれど、今から話す内容は聞いて欲しくなくて。

「そっちは気にしなくていいのよ、可愛い大きな坊や。
おおかみさん達はとても物分かりの良い大人なんだから、病人の貴方の困るようなことはしないわ」

ふみこは金が自分にだけ聞かせる為に話せるようにと、息が触れ合う程に顔を近づけて耳を寄せる。

「……」
「……」

そして言い回しが柔らかい割りにはしっかりした牽制に、金の為だけにぐっと黙りこむ日向達だった。
ふみこの髪が顔にかかるせいか、ふみこから仄かに香水の匂いが鼻をくすぐるせいか、はたまたふみこの顔がすぐ近くまで迫っているせいか、…そんな状況ですぐそばに日向達が仁王立ちしているせいか。

(思い出したことって何かしら?)
(…あのですね、ふみこサン…)

幼い子供がするようなナイショ話をしているようでそれが恥ずかしいのか、金は日向の上着を握り締めたまま、ふみこにこそこそと思い出した《あれ》を話し始めた。




…しかし。




(そんな事をしても、結局聞こえてるんだよなぁ…)
(やっぱり俺達が獣人なの忘れてないか、こいつ)

性能の良い人非ざる耳を持つ日向達には、それは結局意味のないことで。

(…はいはい、判ってるよ)
(黙ってりゃいいんだろ?)

金の顔に耳を寄せているため視線だけをこちらに向けている、話を聞くにつれて段々と表情がなくなってゆくふみこからにらまれ、日向達は(それこそ)揃って両手を上げた。

(ふみこサンが小さくなったり元に戻ったりするに使うあの《キャンディ》、割れた鏡を直すに使うことは出来ませんカ…?)
(なんですって…?)

突拍子もないが、やってみる価値はあるそれに、ふみこはしばし考え込んでしまった。

(ははははー)
(光太郎には説明できんなぁー)

だがそれも一瞬のことで、素直に両手を上げながらも口元だけで勝ち誇ったかの如く笑う日向達に、(金が胃痛で倒れていなければ)二人の目の前で当てつける為に、金にイケナイことを仕掛けてやったのに……とふみこは思ったそうな。



しかし思っただけでふみこは実行しない。







……訳がない。













「そうね、あなたの考えは悪くないと思うわ」
「本当デスか?」
「ええ」
「よかっ……ッ!?」

ふみこからさして気にした様子もなく優しく微笑まれ、金がほっと安堵の吐息を零したその瞬間、ちゅっと音を立てて唇を奪われた。




「んな…ッ!」
「お前何しやがる!」
「ふふ、ご褒美よ」
「………」



細い瞳を目一杯見開いて口をぱくぱくとさせている金と、不意をつかれて対処しきれずにいる金の姿にしてやったり顔のふみこと、その両方に対して慌てる日向達。




「はい、金は私が《責任を持って》面倒をみてあげるんだから、物分かりの良い貴方たちは《今すぐ》事務所に戻りなさい」




そして有無を言わさずに万能執事から(ふみこ御用達の)某高級車に押し込められ、まるで荷物を配達するかのように迅速に送られたのだった。







                               

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