大混乱 07






…偉大なるいと美しき長い髪の魔女は、宣言した以上絶対に嘘はつかなかった。








「ご心配、おかけしました…」
「いや、いいんだ」
「ああ、お前さんの具合が良くなったんならそれで良い」




胃痛により倒れてから3日目の昼、すなわちふみこの屋敷に担ぎ込まれてから、3日目の昼。
ふみこに『責任を持って面倒をみる』と言って、屋敷に留められていた金が万能執事に送られ、たった今日向の事務所に帰ってきた。



「……本当に良くなったみたいだな」

しかも、何となく気恥ずかしそうに事務所に入ってきた金だが、それにより心持ち顔が赤い以外に以前とはなんら変わらない。

「痛まないのか?」
「ハイ、おかげさまでもう何ともナイです」
「嘘だろ…」

なまじ日向達は、金が倒れた時のあのひどい顔色を目の当たりにしただけに、まさか本当にこんなにすぐ良くなるとは信じられなかった。

「金が無事に治ったのはいいんだが」
「あのばばぁ…金にどんな薬を使いやがったんだ?」
「…本当にな」
「そもそもあの鏡だって、ただの魔女なんかが持てる代物じゃないだろ?」
「……ただの魔女じゃないってことなんじゃないのか」

ふみこの正体がいよいよもって空恐ろしく感じてきた日向達が、金を労りながらも小声で囁きあえば、まるで聞こえていない金は、(いたって呑気に)さっそくキッチンへと向かう。

「お疲れでしょうカラ、お茶でも入れましょうカ?」



実に単純である。



日向達が自分を心配したせいで疲れていると思ったらしい。

「日向サンとお茶を飲む久しぶりデスし、せっかくですカラ、とっておきのお茶、いれますネ」

にっこりと邪気など微塵もない微笑みに、日向達は互いに顔を見合わせた。

「ああ」
(ばばぁの正体なんぞ知っても神経がすり減るだけだろうしな)
「頼む」
(金の胃痛がちゃんと治ったんだ。何かであのばーさんの逆鱗に触れても厄介だし、それでヨシとしておくか)

そのあまりにも呑気な様子に毒気を抜かれたのか、結局ふみこの薬(と正体)については言及を避ける道を取った日向達だった。

「はい、ドウゾ。熱いですから気を付けて下さいネ」
「ありがとさん」(×2)

しばらくして、事務所内には金のいれたお茶の良い香りが漂っていた。

「はー…」
「落ち着く…」

久々に飲む金のいれたお茶に、揃って心の底から深く息を吐き出す日向達を見て、金は微笑を浮かべて幸せそうに自分も茶を啜る。

「ここしばらくバタバタしてましたカラ…」
「あー…」
「まぁそれもあるんだが…」
「?」
「なぁ」
「あぁ」
「…??」

日向たちは言葉を濁らせながら顔を見合わせると、自分たちとは反対側に腰を降ろして茶を啜る金を無言で手招きした。

「なんですカ?」

そして素直に自分たちの前にやってくると、手を引いてそのまま間に座らせてしまう。

「日向サン…ッ?」

しかも申し合わせたかのように、それぞれ金の膝に頭を乗せる形で寝そべってしまった。

「……やっぱり……」
「落ち着くな…」
「……」

変な形で落ち着くと言われた金は、この状況を喜ぶべきか恥ずかしがるべきか。

「もう引き受けていた依頼はないんだし」
「頼むから俺達が元に戻るまでここにいろ」

金の膝枕にそれぞれに寝そべりながら、日向達は左右の手を片方ずつ自分の胸の上に固定して、決して弱いとは言い難い強さで握り締めた。

「アノ…日向サン、私は」
「俺を…俺たちを避けるな」
「お前さんが嫌がるようなことは、絶対にしないから」
「……」

哀願というよりは、まるで子供の懇願に近いそれに、金は溜め息を一つ零すと苦笑いと共に腹を括った。

「改めて言われるしなくても、私は何処にも行きまセン。
…それに…」

そこで一度言葉を区切ると、日向達は「何だ?」といいたげに目線だけを金に向ける。

「…ふみこサンに、『鏡が元に戻るまで日向が拗ないように世話をしていなさい』、言われて来ましたカラ」

邪気がない分、言われた言葉をそっくりそのまま伝えれば、日向達は渋面を作って金を見返した。

「あンのクソばばぁめ…」
「俺らは犬か…ッ?」

その時の状況がどんなものだったのかが容易に推測出来てしまい、日向達は首につけられたままのネックレスを、空いている方の手でいまいましげになぞった。

「まぁまぁ。怒るしても始まりまセンよ。それよりも、夕飯は何が食べたいですカ?お好きなモノ、作るしますカラ…」

まるで犬が威嚇するように低く喉を鳴らす二人を、金は不謹慎とは思いつつも、笑いを堪えながらやんわりと宥める。

「…それは」
「もちろん…」
「あ、先に言いますが私は食べ物違いマスからネ?」

しかし、先ほどの言葉の舌の根が乾かぬうちにお約束を言いかけた二人に、金は微笑をたたえたまま手厳しく先手を打った。

「まだ何も言ってないぞ…」
「おや、では普通に食べたいもの言うつもりだったデスか。それは失礼しまシタ」
「…………ごめんなさい」
「判れば良いデス」

あくまで爽やかに応える金の背後に、気のせいではなく銃を構える万能執事の姿を見た二人は、揃って白旗降伏に至る。
金の膝に頭を乗せたまま(心無し)硬直する日向たちを全く気にせず、万能執事はアタッシュケースの中から恭く何かを取りだし、こちらも大して慌てた様子のない金に差し出した。

「金様。お嬢様から《薬》を預かってまいりました」
「それはわざわざアリガトウゴザイマス」
「なお、お嬢様よりご伝言で、『絶対に一回の服用量を間違えないこと』、だそうでございます」
「ハイ。それは肝に銘じて置きますお伝えして下サイ」
「はっ。確かにお伝えいたしますので。…それと日向様方」
「あ?」
「俺らに何の用だ?」

気にした方が負け(…何にだ)と何とか気持ちを落ち着かせ、冷静に二人のやりとりを眺めていた日向達だったが、突如自分達に話を振られて面食らった。

「お二方へもお嬢様より伝言を賜っております。『生皮を剥がれたくなければ、典雅さを忘れないことね』とのことにございます」
「わ…わかった…」(×2)

随分と遠回し(日向談)な伝言だが、それが一体何を意味するのかを瞬時に汲み取った日向達は、首に向けていた手を力なく掲げて了解の意を伝えた。






(あいつはやると言ったら…)
(絶対にやる。殺られるッ)






いつか本当に毛皮を剥がれる気がして、思わず身震いする二人だった。








                               

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