大混乱 08




「…すまん」
「反省してる…」
「……」



金を含めて事務所に軟禁(…)されること3日目の朝。
そして日向が分裂(……)してから13日目の朝。



『明日には日向を元に戻してあげられそうよ』

昨夜ふみこから入った一本の電話に加え、金が二人と一緒に床に着いた結果、歓喜と欲望に素直になり過ぎて、猛烈に反省しているオオカミ2匹がここに居た。



「………」



犠牲者とも言うべき金は当然の事乍ら、精魂尽き果ててまるで死人のような顔色で、ぴくりとも身動きせずに寝入っている。

「ごめんな、本当に悪かった」
「金…」

毎度毎度学習能力がないと思うが、今回は分裂している分、それは二乗に値する。
いつもなら無理をさせた翌日などは思う存分惰眠させるべく、ベッドの中で変化した日向を抱き締めるようにして寝入らせるだけに、今回もそうやって休ませてやろうと思い立ったのだが。
そして金が完全に意識を失って寝入ってしまっているだけに、四つ足のままでは何もしてやれないと踏んだ二人は、日向はそのままで、玄乃丈の方が変化してみようとして…。



「なんでこういう時に限って変化できないッ!?」



今頃になって変化できなくなっていることに気付くありさまだった。




「変化できないなんて…一体どうなってるんだッ?」
「そんなこと俺が知るかっ!」

金を挟むような形で(無駄に広い)ベッドに乗り上げている日向達は、労る為に寝入る金の額や頬を優しく撫でながら、極力小声で怒鳴りあっていた。

「お前だけじゃなく、俺も変化できないとなると…」
「やっぱりお前がこっち(の世界)に呼び出されているせいだろうよ」
「くそう…」
「…とんだとばっちりだ」

思い当ることはあるのだけれど、自分達ではどうにもならない事だけに、揃って諦めの溜め息を吐くことしか出来ない。

「しかし、それも今日までだろ?」
「…早くもとに戻らせてくれ…」


今回の件で日向は散々である。


それでも昨夜金が寛大になって(?)日向達を受け入れただけに、気分的には見事にすっきりしているのは確かな現実だった。
結果オーライと言うのもおかしな表現だが、あの鏡のせいで散々な目にあった代わりに、こんな事にならなければ《昨夜》は絶対に体験出来なかった。
そう思えば、分裂させられた(?)のも決して悪い事ばかりではなかったと言える。
(ちなみに金の場合、それこそ散々な目に会いまくりなのだが、金自身がその自覚があるかどうかはかなり怪しい)。

「…無理させて悪かったが、俺は嬉しかったよ」
「本当にな。ありがとさん」

しかも昨夜誘ったのは日向達ではなく金本人で、彼の生真面目な性格を知るだけに、いかに二人を想っての覚悟だったかが痛感出来てしまう。

「……」
「……」

昨夜のように、獲物を貪る狼のような激しいものではなく、ただ愛しさから自然に動く二人の手が、金の髪を、そして頬を優しく撫で梳く。

「…こういうのも良いな」
「あぁ…」

久々に満ち足りた気分で過ごす時間に、日向達も金を挟んでまどろみかけた。






…のも束の間。







性能の良すぎる二人の耳に、事務所を目がけて賑やかに響き合う、幾人もの足音が否応無しに飛び込んできた。




「……来たか」
「……来たな」

次いで入口のドアをノックしながら日向を呼ぶ複数の声に、二人は顔を見合わせてから、名残惜しげに金の額軽く口付けて寝室を後にする。

「やっと来たか」
「来てあげたわ」
「……(諸悪の根源が随分偉そうだな)」
「思うだけで口にしない方が身のためよ」
「……(やっぱりばれてるのか)」

鍵を掛けていたドアを開ければ、そこに立っていたのは諸悪の根源(日向ズ談)のふみこと。

「ご迷惑をおかけしました、日向さん」
「おーっす、所長久しぶり〜」

実行犯(これまた日向ズ談)の小夜、後は本来の犠牲者である光太郎と…。

「大正殿は何処だ犬」
「何で貴様がここにいるーッ!?」(×2)

まるで関係がない以前に、絶対に顔を合わせたくない胡散臭さの極(日向ズ談)、ロジャー・サスケがふてぶてしく(やはり日向ズ談)幾分高い目線からこちらを見下ろしていた。
もっとも、日向がロジャーを毛嫌いしているのを承知で連れてきたふみこや、そのことを全く気にしていない光太郎、似たもの同士の言い合い程度にしか見えない小夜は、さして慌てたりもせずに至って普通に事務所へと入って行った。

「ちょっと待てオゼット!」
「小夜ちゃんと光太郎は判らなくもないが、この似而非忍者は何でココにいるッ?」

だが納得のいかないのは当然で、日向達はロジャーの前に立ちふさがったまま、首だけ振り返って問い正す。

「うるさいわね…」

しかし問い正した相手は百戦錬磨の大魔女。

「なッ!?」
「うわっ!!」
「細かい事を気にしないことね。それともなに、彼を連れて来たのは金の為とでも言って欲しいの?」

自分より遥かに高い身長の日向達の首根子を掴み上げ、さも気にいらない服を散らかすように、ふみこは二人を軽々とソファへ放り投げた。

「危ないだろうが!」
「いきなり何をするこのば……ッ!」

さすがにそのまま埋もれることなく、態勢を整えてソファに着地(?)した日向達は、危うくふみこに面と向かって禁句を言いそうになった。

「女性に対して言ってはいけない言葉は慎むしまショーウ」
「むがっ!もがふがっ!!」
「んぐぐ!」

しかし素早く中に入り込んでいたロジャーに口を塞がれ、間一髪命拾いをするのだった。

「よっし、荷物こんだけでいーんだろ?」
「ふみこさん、こちら用意出来ました」

家主としての威厳もなにも無い状態の日向達をよそに、光太郎と小夜は玄乃丈を元に戻す準備を整えていた。

「小夜たん、また割るなよ?」
「私は、そんな粗忽者ではありませんッ!」
「どうだか」
「わ、私が粗忽者ならあなたは無礼者ではありませんかッ!」
「わーわーわーッ!小夜たん鏡こっち向けんな!!」
「ッ、そうでした!」

(まだ伏せられてはいるが)小夜の手には光太郎が思いつき、金が具体的に元に戻す為に提案した方法で《元に戻った》件の鏡がしっかりと収まっている。
危うく光太郎に向けそうになった小夜が、慌てて鏡を伏せ、そんな場合ではなかったのだと日向達を見やれば。

「もがもがっ!」
「うーうーッ!」
「ふみこ殿…うだうだとうるさくてかなわないでゴザル」

小夜の居る場所からの反対側に、ロジャーに口を塞がれたまま、身動きが取れずもがいている神様の端くれが二人。

「……小夜、さっさと玄乃丈を向こうに帰してしまいなさい」

そんな二人の姿に、偉大なる大魔女は呆れる事しかできなかった。

「巫女姫殿。用意は良いでゴザルか?」
「はい、ろいさん。鏡をかざしますので、玄乃丈さんから離れていただけますか」
「OK」
「日向さんも」
「ッ、はー……。いいぞ小夜ちゃん」
「げほっ!…こ、こっちもOKだお嬢ちゃん…」

ロジャーからも促された小夜が、これまたロジャーからはがい締めされていた(?)日向を伺えば、その瞬間日向達は漸く容赦ない拘束から解放された。

「……では」

一呼吸置いてから小夜は姿勢を正し、事の始まりとは逆にそろりそろりゆっくりと、玄乃丈に向かって件の鏡をかざす。

「……っ……」

その鏡面に玄乃丈の姿が写し出されると同時に、風が水面を打つようにそれは再び漣み始めた。
そして一瞬だけ、目眩しのように激しく発光すると、それが消えると同時に玄乃丈の姿が消えていた。

「小夜。もういいわ」

随分とあっさり消えた後を見つめてしばし惚けていた面子は、ふみこの声に我に返るのだった。

「元に戻った…のか?」
「ええ。きちんと姿が映るでしょ」
「……あぁ」

おそるおそる書類棚の硝子に映る自分の姿を日向が確かめると、ふみこがいつものように絶対の自信をもって応える。

「はー…やれやれ」
「所長……すっげーオヤジ臭い」
「何とでも言え。こっちはやっと元に戻ったんだ、それくらい口にしないとやってられんさ」

光太郎のぼやきも、日向はさして気にも留めずに、足元に伸びる《自分だけの》影を確かめる。

「さてと。元に戻ったところで俺は金の看病(……)をしてくる。
悪いが……」

そして取立ておかしなところがない事が判ると、後はもう金に付きっきりで居るだけ……と思いたって、一つハタと確認忘れに気付いた。

「?何よ」
「……変化」
「え?」
「さっき変化しようとしたら出来なかったんだ。念のため確かめてくる」

やはり日向には(そして金の機嫌取りの為には)変化はなくてはならない。

「(駄犬になぞ変化出来ずとも差し支えなかろう?)」
「(忍んで無い似而非忍びに言われたくないもんだ)」

小夜(と、一応ふみこ)の事を考え、服を脱ぐために浴室に向かう途中、ふみこ以外の耳には入らないような小声でロジャーの嫌味に応戦してから、日向は服を脱ぎ己の本質である銀灰色の狼へと姿を変えてみた。

『ヨシ、こっちも大丈夫だ』
「そう。ならもう何も問題はないわね」

そして無事に変化した日向が浴室から出てみれば、全然反省していないふみこと出くわした。

『……まぁな。(オゼット、今度から光太郎を狙う時はお嬢ちゃんをけしかけるな)』
「良かったわ。(気を付けてはあげるけど、止められそうにはないわね)」
『(お前なぁ…)』
「(だって面白いんだもの)」
『(……)』

毛皮を吟味するように頭を撫でてくるふみこに、何を言っても無駄だと悟った日向は、さっさと(今一番心配な)金の元へと向かうべく、彼以外絶対に誰も入ることを許さない寝室へと向かう。





『金……ッ!?』





しかし、前足で器用にドアノブを回し、ベッドで寝入っているはずの金に声をかけようとしたその時、日向は金縛りに合ったかのように、一切身動きが取れなくなってしまった。


                               

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