大後退 02





それから。









「そんな…」
「うっそだろ…」
「オーマイガー…」

ふみこと日向が泣きじゃくる金をなんとか宥めすかし、ようやく落ち着いたところでやってきた面子は、今の有り得ない現状に揃いも揃って茫然と呟いた。

「これを見て冗談だと思えるならな」

しかし、ふみこの隣に鎮座するだけにとどまらず、彼女にしがみついたままでこちらを伺い見ている姿に、それだけで三人にも冗談ではない事が十分伝わってしまう。

「おにいちゃんたちは、だぁれ…?」
「だ、誰って言われても…」
「何とお答えすればよろしいのでしょう」
「…難しい、ネ」

ふみこ達が現状を説明しようにも、5歳児には到底理解不能だったため、仕方ナシに『身体だけが大きくなってしまったせいで、それを治すためにここに預けられている』というかなり無茶苦茶な説明になっている事が、三人がうまく説明できない事に拍車をかけている。

「こっちのお姉さんは私のお手伝いよ。あなたを治すために来てくれているんだもの、ちゃんとご挨拶できるわね?」

とことん金の精神年齢に合わせる事で腹を決めたのか、しがみつかれたままでも動じることなく挨拶を促すと、金は少しだけ姿勢を正して(ふみこにしがみついたまま)ぺこりと頭を下げた。

「きむ でじょんデス。エト…よろしくおねがい、シマス」
「ゆ、結城小夜です」

つられて頭を下げる小夜だが、他2名は自分達がどう説明したら良いのか判らない。

「さよ、おねえちゃん?」
「…そ…そうです」

どう名乗るべきか悩む光太朗達をよそに、確認するように金は小夜の名前を呟く。
その様子に小夜は引きつりながらも(彼女なりに)精一杯の笑顔を見せれば、それにつられて金もにこっと微笑んだ。

「可愛いネ」

それを見たロジャーが率直に感想を口にすると、金は今度彼に向かって「だぁれ?」と同じ質問を繰り返す。

「拙者はロジャー・サスケ。世界忍者でゴザル。ロイと呼んで下され」
「にんじゃ?」
「左様。大正殿を守りに来たでゴザルよ」

ロジャーの言葉を金が細い目をぱちくりさせながら復唱すると、彼は(一体何処にしまって置いたのか)飴玉を取りだし、爽やかさ全開の笑みと共に金に差し出した。

「良かったわね」
「ろいおにいちゃん、ありがとう」

一度ふみこに確認するように振り返れば、彼女は承諾を笑みに代えて金の頭を撫でてやる。

「うれしい」

それにより金が破顔して飴玉を受け取ると、今度は光太朗が構いたくてうずうずしてきたらしい。

「ヨッシ、じゃあ俺の番だな!俺の名前は玖珂光太朗!」
「くがこーたろー?」
「こうたろう、だ」
「こーたろー」
「……やっぱり金さんだわ」

しかし力んで名乗ったものの、結局いつもと変わらない発音で復唱された。

「こーたろー、おにいちゃん?」
「言いにくかったら『お兄ちゃん』だけでいいぞ?」

しかも何やらとても発音しにくそうに復唱された為、元来(良くも悪くも)大ざっぱな光太朗は、名前を呼ばせる事をすっぱりと諦めた。
それに最初こそとても驚いた光太朗だが、いつも世話を焼かれていた金から『お兄ちゃん』などと呼ばれる機会などそうあるものではないと言う事に気付き、この状況は楽しまなければ損だと思ったのだ。

「………」
「………」
「………」
「何全員ヘンな顔してんだ?」

(相手の姿は別として)お兄ちゃんと呼ばれてみたい気持ちがありありと判る玖珂家の次男坊に、居合わせた(金以外の)全員の胸に去来した言葉があったのだが、一応それは己の内に仕舞い込む事にしたらしい。

「さてと。私はしばらく忙しくなるから、その間この『お兄ちゃん』達に遊んでいてもらいなさい。でも屋敷から出ちゃだめよ」

ふみこが身体を離しながら「約束出来るわね?」と問いかければ、金は少しだけ寂しそうな表情になりながらも、こくんと小さく頷いた。

「そうそう。金は自分の身体の大きさを把握出来ていないから、遊ぶにしてもあまり駆け回ったりさせないようにして頂戴」
「どういう意味だよ、そりゃ」

精神年齢が後退した以外は取立て困ったことがなさそうなのに、何をそんなに過保護なのかと光太朗が首を傾げると、ふみこは冷笑とも苦笑とも見て取れる笑みを浮かべて金の額を撫でた。

「あなた達がここに来る前に気付いたの。今のこの子、うまくバランスが取れなくて良く転ぶ上に、自分の身長が高いことに慣れなくて、何かと額をぶつけてばかりいるのよ」

もともと金の身長は成人男性としても規格外に高いのに、5歳児の感覚で2bに近い視界である。
加えて足の長さだとて半端でないだけに、何もないところで自分の足に絡まって転びまくっているのだった。

「光太朗にロジャー。この子がこれ以上怪我をさせないように、遊びながらちゃんと見ていてくれる?小夜はまた私に手伝って。もちろんタダでとは言わないわ」
「それがふみこたんが依頼主の仕事ってことになるのか?」
「そうよ」
「別にいーけど。ロイと小夜たんは?」
「他ならぬ大正殿の危機だ。手伝わせてもらうさ」
「はい、大丈夫です」
「だってよ」
「そう。感謝するわ。じゃ、また後で。今日の夕飯は皆で食べましょう」
「わかった。金さ…じゃなくて、大正ならちゃんとみとくから」
「じゃあ私達は行きましょうか。大正、いい子にしていなさいね」

座ったまま四人のやりとりを眺めていた金に、ふみこは去り際に頬へ軽く口付けを落とす。

「大正殿。さようならが出来るでゴザルかな?」
「おねえちゃん、ばいばい」

いつもと違い平然とそれを受け入れている様子に、精神年齢だけが後退してしまっているのだと実感したロジャーが別れの挨拶を促せば、金は何とも素直に手を振る始末。

「ヨシ、じゃあ何をして遊ぶかだよな。何がしたい?」
「うーんと…かくれんぼ!」
「随分と静かじゃないか。大正殿があんなことになって、取り乱しているかと思ったよ」
「………十分取り乱してるんだがな」

光太朗に手を引かれて立ち上がるのを黙って眺めていた日向に、それを不思議に思ったロジャーが声をかけた。
日向としてはふみこに言いたい事は山積みだし、それに実際に金がやたらめったら転びまくるのを目にしているだけに、いつものように(むしろそれ以上に)構い倒してはやりたいのだが。

「………っ」
「…?どうした?」
「大正殿?」

ソファから立ち上がった金が、日向と目が合った瞬間にびくっと身体をすくませてから、さっと光太朗の背中に隠れてしまった。
必死になって自分より小さな光太朗の背中に隠れようとしている金は、一番最初の怒鳴られた印象のせいか、日向を警戒して決して近寄ろうとしない為に、日向としては近づきたくとも金に近づけないのだった。

「なんだよ、所長が恐いのか?」

光太朗は泣きそうな顔で自分の背後に隠れる金を不思議がり、「あんな外見だけど意外と恐くなんかないぞ?」と、日向にしたらかなり失礼なフォローに入る。
しかし今の日向にしてみれば、気にすべきことは弟子の実は無礼発言よりも、自分に対して怯えてしまう金をどうにかする方が大事なことだ。

「また泣かれたらかなわない。仕事の途中だし、俺は一端事務所に戻らせてもらう」
「え、大正と遊んでやらないのかよ」
「…その方が良さそうだな。大正殿はこの怯えようだし、その方がいい」

ロジャーが金に近づけば、自分とあまり身長差がないのに気付いたのか今度は彼の背後に身を隠し、ぎゅうっと服を掴んで無言で恐怖を訴えている。




「オゼットには、夕飯の頃には戻ると伝えておいてくれ」




外していた黒のソフト帽を手に取り、軽く溜め息を吐いてから部屋を出ようとドアに向かった日向だったが。





「…おじちゃん、ばいばい…」





という金の消え入りそうな別れの挨拶に、いたたまれないというか、表現しきれない切なさを背負って去るはめになったのだった。



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