大後退 03



「ぎゃんッ」
「またか!」
「大丈夫でゴザルか、大正殿ッ」







金の希望でかくれんぼをする事になった光太朗とロジャーだったが。








「うぇぇぇんッ」
「だから気を付けろって言ったのに…」
「ほーら痛くない、痛くないでゴザル」

テーブルの下に潜り込んでは頭をぶつけ、ソファの(背もたれの)後ろに隠れようとすれば己の足に絡まり転ぶといった、ふみこから忠告された予想以上の展開に、二人はさすがに頭を抱えたくなっていた。

「これ以上かくれんぼなんかやったら、瘤だけじゃすまねーんじゃねぇ?」
「む…困ったでゴザルな」

しこたま額をぶつけて泣く金の頭を撫でる光太朗は、同じくそのぶつけた額を優しく撫でてあやすロジャーに、このままだとこの大きな子供が何をしでかすか判らないと告げる。

「金さんの面倒を見るって引き受けたのは良いけどよ、これは思った以上に難しいぜ」
「さてはて…」
「そもそも所長も薄情だよな。いつもはアホみたいに金さんを構うくせに、おじちゃんなんて言われたくらいで落ち込みやがって」

微妙なお年頃(…え?)な日向の内心を汲み取れない光太朗は、ひっくひっくとしゃくりを上げながらもこちらを見ている金にむかって「なぁ?」と同意を求める。

「まぁ…犬にも犬なりの都合があるからネ」
「なんだよそりゃ」

しかし犬猿の仲のロジャーは、日向が「おじちゃん」と呼ばれてしまった事以外で落ち込んでいることが(先ほどの会話で)伺い知れてしまっただけに、今回ばかりはいまいち反応が鈍かった。

「早く元に戻るでゴザルよ、大正殿」

先ほど渡した飴玉を今度は口の中に放り込みながら、光太朗にさえ聞こえない小さな声ロジャーは金に囁いたのだった。

「大丈夫か?」

飴玉効果なのか、ようやく涙が治まってきた金は、ごしごしと目を擦りながらこくんと頷く。

「これ以上かくれんぼをやっても危ないだけだし、こうなりゃおとなしくテレビでも見るか?」
「………」
「何かあるのでゴザルか?」

テレビには興味をしめさないのだが、金は窓の外の何かに興味を示したらしく、ロジャーの腕をぐいぐい引っ張って何かを指差す。

「何だ?」
「さぁ…」

窓の外に見えるのは、ふみこの屋敷なだけに管理の行き届いた洗練された美しい庭だが、子供が興味を示すような珍しいモノがあるわけでもない。

「あれ、なぁに?」

しかし金にはとても興味深い何かがあったらしく、細い瞳を輝かせてロジャーに説明を求めてきた。

「あれって…?」
「気になるのでゴザルか?」

転ばないように手を取り腰を支えながら窓辺に近づくと、金はもう一度それを指差してから説明を求めてきた。

「あれは噴水でゴザルよ」
「ふんすい?」
「あそこから水がずーっと噴き出してんだ。庭に出て近くでみてみるか?」
「うん!」
「じゃあ今度は散歩だな」
「そうだな。歩く練習にもなるだろうし、少なくとも頭をぶつける心配はない」
「ヨシ、決まりっ!行こうぜ大正」
「そうだな…って、駄目だコウっ!」

ロジャーがそうと決まれば…と言うよりも早く、光太朗は金の手を取り駆け出してしまった。



だが…。



「うわっ」
「危ないっ!」
「ぎゃんっ!!」



お約束通り、数歩も踏み出さないうちに金が己の足に絡まり、手を引く光太朗諸共盛大な(とても痛そうな)音と共に倒れ込んだ。



「う…うわああああああああんッ!」



それにびっくりするやら痛いやらで、また泣き始める金と。





「痛ってぇ…っていうか重いッ」





金に潰されるような形で床に沈没する光太朗だった。
















それからしばらくして。




「何をやっていたのかしらねぇ…?」

庭を散歩がてら噴水を見にいっていたはずの三人は、上から下まで全身ずぶぬれ状態でふみこから説教を受けていた。

「光太朗?」
「いやあの、大正が、噴水が見たいって言うから…」
「おみず、たくさんあったの」

ふみこの無言の怒りに尻すぼみ状態で答える光太朗に、まるで判っていない金がにこにこと得意気に口を挟む。

「ロジャー?」
「最初、手を伸ばすだけだったのだが…」
「うんとね、おみず、きれいだったの」

同じように答えるロジャーにも、空気の読めない金は口を挟む。

「………」
「なんかさぁ…手を突っ込んでばちゃばちゃやってるなー…って思ってたら、噴き出してる方も気になったらしくて」
「その、止めようとはしたのでゴザルが」
「おみずがいっぱいいっぱい、すごかったの!」
「……」

水も滴るなんとらや状態の三人だったが、子守り(え?)を任ぜられていた二人は顔を青ざめ、されていた大きな子供は得意満面の笑みでふみこの前に正座しているのである。

「止めた割りに、全員で水浴びしていたように見えたのは、私の気のせいかしらねぇ」
「いやあの…」
「そのようなことはナイ…」
「おにいちゃんたち、いっぱいあそんでくれたの!おもしろかった〜!!」
「………」

おねえちゃんもいっしょにあそぼ?と満面の笑顔(でもずぶ濡れ)でねだる金に、ふみこは怒るに怒れない。
この場合金は悪くない…わけではないのだが、お目付役の二人が一緒になって噴水の中で水遊びしていた方が断然悪い。
そのことがよーく判っているだけに、光太朗達はふみこの雷を恐れているのだった。
しかし、天真爛漫状態な金につられて止めるどころか一緒になって遊ぶような二人とて、ふみこからしてみれば十分子供のようなものである。

「とりあえず、着替えなさい」

となると、子供(のような者)に子供(のような精神年齢の者)の面倒を見させた自分にも、(一応)責任があるかな…と思ったかどうかは不明だが、ふみこは二人を叱り飛ばす事はせずに、万能執事に目配せをして三人を浴室に促した。

「ん…おねえちゃん、おこる、してるの?」
「いいえ。でも、噴水は水遊びするためのモノじゃないの。だからもう噴水で遊んじゃだめよ」
「おみずであそぶ、だめ?」

万能執事から手渡されたタオルで、ロジャーに水滴を拭き取られながら金は首を傾げる。

「違うの、そう言うことじゃない。ただ、危ないから噴水で遊んではいけないと言っているの。わかる?」
「…うん」

金がこくん、と大きく頷くとふみこは早く浴室に向かうようにと促した。

「よし、行くぞ大正」
「はぁい」
「転ばないように気を付けるでゴザルよ」
「だいじょうぶ」
「……きちんと温まりなさい。」

よいしょ、と腰を上げて、両手を支えられながら歩く金を見送りながら、ふみこはくるりと身を翻して彼等とは反対方向へ戻り始めて。




「…あれはあれでなかなか可愛い…というか面白いわね」




と、誰にも聞き取れないような小さい声でぽつりと呟いた。









金が精神年齢だけ若返ってからというもの、とにもかくにも振り回されたのは光太朗とロジャーだった。



『こら!おとなしくしろ!!』
『大正殿!待つでゴザル!!』



そしてその二人は今まさに、浴室で金に振り回されている真っ最中だったりする。
先ほどまで散々水(というか噴水)で遊んでいたくせに、風呂に入って頭を洗われるとなるとそれはまた別物らしい。

『頼むからシャンプーの間は動くなよ〜』
『やーッ!!』

金は子供心(というのもアレでナンだが)に、慣れない手つきで(しかも力任せに)髪を洗おうとする光太朗に恐怖を感じているらしく、何とか逃れようと躍起になっていた。

『ふぇ…ッ』
『恐くないでゴザルよ〜ほーら、大正殿と一緒にアヒルさんも洗っているでゴザル〜』

なんとか意識を逸らさせようとアヒルの人形で懐柔を試みるロジャーだったが、おぼつかない光太朗の指使いを横目で見ていると、自分が洗った方が良かったかなー…とちょっとだけ金に同情しそうになった。

『おめめいたい〜』
『コウ、ちょっとだけ待て!』
『うわ、悪ぃ!』

シャンプーが目に入ったせいか、アヒルでの懐柔空しく金がいよいよ浴室からの脱出を試みるようになってしまった。

『大正殿、これを使うと良い。これで目は痛くなくなるでゴザル』

こうなればなりふり構っていられないとばかりにロジャーが取り出したのは、久しく使うどころか見ることもなかったシャンプーハット。

『ひっく、おにいちゃんたちも、いっしょ?』
『うっ』
『そ、そうでゴザルよ』
『んじゃ、する』




金のため仕方がないとはいえ、何が悲しくていい歳をして仲良くシャンプーハットを着用しなければならないのかと、心の中でほろりとしてしまう光太朗とロジャーだった。







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