大迷惑03



「で?一体何の御用だお嬢サマ」



数刻後。



万能執事のミュンヒハウゼンを外に待たせ、金と一緒…というよりは、大きな道士を引きずるようにして事務所に乗り込んできた、己の鬼門とも天敵とも言いえて妙なふみこの姿を確認した日向は、可能な限りの渋面を作って出迎えた。

「言うわね、古探偵。手土産はこの大きな坊やだけじゃ足りなかったとでも言うのかしら?」
「おいおい、こいつはもともと俺のだろうが…」

とりあえず日向は、押さえるところは押さえておくつもりらしい。
しかしふみこの方は全く気にしていない。
日向のもてなし(…)をはんっ!と軽く鼻であしらうと、ふみこは二人の間でおろおろしている金の左腕を掴み、ぐいっと日向の方へと押し出した。

「ぼけっとしていないで、とっととアレを渡しなさい」
「ハ、ハイ」
「……?」
「日向サン、これを…」

ふみこに促されて、慌てて金がトレンチコートのポケットから取り出したのは…。

「何だ…?」

気に入っていただければ良いのですが…と言いながら金が取り出したのは、小奇麗に包装された細長い箱状のモノ。

「……」
「アノ、ソノ……私日向サンにいつもお世話になる、申し訳なくて……」
「………」
「……お気に召す、しまセンか…?」
「いや……」

反応のない日向の様子に不安になったのか、遠慮がちに金が口を開く。
開けてみなさいよと冷たく言うふみこに肩を竦めつつ、日向がその包装を解いてみれば。
その中に入っていたのは、金とも銀とも見て取れる、不思議な光彩を放つ細目のネックレス。

「つけてイタダケマスカ?」
「あ、あぁ…」

促されるままにネクタイを緩めれば、金が甲斐甲斐しくそれを手伝う。
もともと黒メガネと帽子以外の装飾品自体を好んで付けるタイプではないが、これはそんなに邪魔になるものでもないし、それに金がわざわざ日向の為にと選んでくれたものだ。

「付け心地は悪くない」
「良かった…」

この一言でほっと胸を撫で下ろす金がいじらしくて、ついつい彼に手を伸ばしかけた日向だったが…。



「全く世話の焼ける坊やだこと」



完全にふみこの存在を忘れていた。




「この大きな坊やは、貴方にこれを渡す為にわざわざ私に相談しに来たのよ?
この私によ?」
「そいつはどうも…」

恩着せがましいふみこの物言いに、日向は怒りの導火線を限界まで引き伸ばしてそれをやり過ごす。
日向は自分と金の関係を、ふみこが知っていることは関係をもった当初から知っていた…というより、持ったが故に金をなるべくふみこに近づけないようにしていた。
ふみこがあの玖珂光太郎しか眼中にないことは重々承知しているが、この年齢不詳の最強の魔女は、つまみ食いするだけなら自分か金でも十分相手になると、そう品定めしているのを日向は知っていた。
金が知ったら烈火の如く怒るだろうが、日向としては別に自分が食われる分には全く気にしない。
聞こえよく言えば、金がふみこに食われるくらいなら、いっそ自分を食えと言うのが本音なのだ。
日向としてみれば、それくらい金に執着しているわけで。

「こいつが随分とお世話になったようで」
「本当に」

日向とふみこの間に流れる剣呑な雰囲気に耐えかね、金が「お茶でもいれましょうか…」とその場から逃げ出そうとするのを仲良くしっかりと阻止し、二人は薄ら寒い満面の笑みを浮かべて会話を続けた。

「言いたいことはそれだけか。だったらこれ以上は俺たちの邪魔をしないでいただきたいんだが」
「あら、随分と冷たいじゃない。
貴方がそう言っても、こっちの大きな坊やは別に私が居てもいいみたいよ?」
「………ッ!」
「ほら」

まるで日向に当てつけるように、ふみこが金の腕に抱きついてその豊満な胸を密着させれば、判っていない金の方が身体を硬直させてしまう。

「……………」

自分が数え切れないくらい組み敷いて抱いても、そしてその行為に慣れてきたと思っても、相変わらずふみこに対して免疫の出来ない金に、日向は頭痛を覚えずにはいられない。


これだから日向は金をふみこに近づけたくないのだ。


「あんたなぁ…。自分のお気に入りが居るんだから、そっちにだけ構ってればいいだろう?!」
「それとこれとは話が別よ。貴方だけ独り占めしてないで、たまにはこの大きな坊やを貸してくれてもいいじゃない」
「だから!こいつは俺のモンで、ほいほいと貸し出しできるようなモノじゃないと何度も言ってる…」

と、そこまでいかけてふと日向は気がついた。

「そういやアンタ…今日は光太郎を追いかけないのか?」

この自分本位な魔女が、多少「気に入っている」だけの金から相談ごとを持ちかけられたからと言って、そう易々と手を貸すとは到底思えない。
それにいつもだったら日向から無理やり光太郎の行く先を聞きだして、そして何だかんだといいながら彼に手助けしてやっている筈なのに。
だが、確か本日の光太郎の同行者は…。

「あ…コータローさんなら確か、今日は小夜サンと一緒でした…がッ!?」

日向がそれに思いあたるよりも先に、いらんことを金が口走った。
それが何を意味するのかも判っていない金の腕を、ふみこは満身の力を込めて抓る。


しかし…。


「そうかバァさん…さては今日、光太郎に振られたな?」

日向の方がもっといらんことを言った上に、最上級の禁句を口走ってしまった。



『……………………』



一瞬だけ、事務所の中に猛吹雪が吹き荒れる。



                               

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