大問題 03




一方、けなげ過ぎる金の想いなど全く気付かず己の探偵家業に精を出していた日向は。




『……』


某有名菓子店のショーケースの前でしばし思案中だった。

(さてはて…どれを買って行けばいいのかねぇ…)

まず自分から好んで寄りつかないこんな所で真剣に悩んでいるあたり、自分でも阿保らしいと思わなくもないのだが。

『…こう、疲れた時に食べたくなるような物を適当に詰めてもらえるかな?』
『はい、かしこまりました。避けた方が良い物などはございませんか?』
『あ、酒が入っていたり強い物は避けてくれないか』

ならばと…いくつか説明をしながらトレイに乗せていく店員に、逐一頷きながら日向が脳裏に思い浮かべているのは…。

(これだけ買って行ってやれば、馬鹿弟子から全部食べられることもないだろう)

先日密かに楽しみにしていたケーキを光太郎に奪われ、それでも皆に悟られないようにしょんぼりしていた金の姿だった。





『只今戻りました…って、どうしたのですか、コレ…』




あの後、ふみこからいくつかの注意事項と望みのあるモノを受け取った金は、それをごまかす為に途中で寄り道してから日向の事務所に戻って来たのだが。

『土産だ。食べろ』

扉を開けた途端、長ソファに寝そべってさも気怠そうに煙草をふかす日向と、そんな彼の前に置かれたテーブル一杯のケーキに出迎えられて唖然としてしまった。

『お土産…?日向サン、今日のお仕事何処かに遠出でしたか?』
『別に遠出なんかしちゃいない。単にお前さんに土産を買いたくなっただけさ』
『……』

日向がさらっと言う割りには、化粧箱にはご近所にあるような洋菓子店ではない立派な名前が記入されていて、彼がこの為にわざわざそこに出向いて購入して来たのだと言うことが見て取れる。

『わざわざこんなに…本当にありがとうございます…』
『……』

気怠そうな様子から日向なりに大変だったろうと金が労えば、日向は長ソファから身を起こして己の脇に金を手招きする。
そうして荷物を持ったまま自分の隣に座るように促し、金が素直にそれに従えば。

『…元気でたか』
『…は?』
『最近溜め息が多かったからな。この前あの馬鹿にケーキを取られてしょげていたのが原因かと思ったんだが』
『………』

頭を撫でながらこんな事を聞かれて、金は日向なりの気遣いが嬉しい反面、本当の意味ではかなりずれている事を合わせて言葉に詰まってしまう。
金の溜め息の原因が自分にあるとは露も考えず、そのくせまるで見当違いな心遣いは泣けてくる程寛大で。
日向はこんな不器用な男だから、金は彼をどうこうと思うよりもまず、自分がこんな日向にどうにか合わせたいと考えてしまうのだ。

『どうした。嬉しくなかったか?』

そんな金の想いをよそに、日向は一瞬だけ何の反応もなかったことが気になって頭を撫でる手を止めて顔を覗き込んできた。

『…いいえ。あなたのお心遣い、大変嬉しく思いますよ』

金にとっては溜め息の原因にしても、結局はこの自分の頭を撫でている男が好きだから許せる行為であって。
だからこんな見当違いな優しさが嬉しいと思えてしまう。

『ただ、こんなに食べ切れナイですよ…』

でも、これくらいは言わせてもらいたいワケで。

『好きなヤツだけ食べればいい。残りは置いておくだけで勝手に食べるのがいるからな』

…弟子も弟子なら師匠も師匠な言い様だった。

『これはあくまでお前さんに食べさせようと思っただけだからな。
あれにはお前さんの残りで構わん…』
『……』

あくまでしれっと言ってのける日向だが、未成年の共同経営者に対してそっけない訳ではない。
今までの経営内容を180度方向転換した辺り、金から見てもむしろ甘やかして?いる傾向にあるのだが、それ以外となるとこれが実に極端極まりなかった。
特に金が絡むと、日向の懐の狭さは如実に現れていた。

『…エト…こ、これ戴いてカラでないと…』
『キスだけだ』
『ここ、事務所デス』
『…誰もいない』
『今居なくても、コータローさん戻って来たら…!』
『戻ってくる時は《絶対に必ず》連絡を入れろと忠告してある』

金はまだ手に荷物を持ったままなのに、日向はそんなことにはお構いなしで金の身体をその荷物ごと己の方に抱き寄せて。

『あの馬鹿には今度それが守れなかった時はクビか、魔女に身柄を引き渡すと言ってあるからな。
己の身が可愛けりゃ、嫌でも《きちんと連絡はする》クセはつくだろうよ』
『……』

あくまで場所と第三者の存在を気にかける金とは対照的に、日向はいかに自分の都合を押し通せるか…に気を回す。

『全くもう…』
『…嫌か』

しかし金がここで下手に抵抗すれば日向はさらに余計な気を回すだろうし、それにそもそも金自身が日向に対して甘かった。

『嫌ではありません。デモ、本当にキスだけですからね』

だから苦笑いとともに目を閉じてそれを待てば、日向はすぐ様上機嫌で金の唇に自分のそれを寄せる。

『…あんまり念を押されると、余計期待されてるみたいに聞こえるな…』

しかしせっかくいい雰囲気になっていた所で、まるでぶち壊しなこんな事を言われて。

『……ゲンノジョーさん……』

至近距離で金は不気味な程ににこにこと微笑み、日向の下の名を優しく優しーく、それでいて抑揚のない声音で言い放つ。




『冗談だ…』
『ええ、判っていますよ』






抱き込まれ息も触れ合う程にありながら、ケーキを指差しにっこりと微笑む金の無言の警告に、素直に従う人の形をした情けないオオカミが一匹…。

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