大問題 04



警告に従い?啄むような軽いキスを幾度か交わし、それからは仲良くケーキを食していたわけだけれど。


『…うまいか』
『……』


こんな何気無い日向の問いに、金は一口一口味わい深く堪能しながらフォークを運び、ただでさえ細い目をこれ以上ないくらいに細めて無言で力強く頷く。

『そりゃあ何よりだ』

…かなり至福の時を味わっているのが見て取れた。
三十路前後の大男二人が並んでケーキを食す姿はこの上なく滑稽なモノだが、当の本人達は全く気にしていないし、それに日向はともかく金は本当に嬉しそうに味わっている。
いつも賑やかな若い二人(と、ひっかき回す一人)のせいで、よくよく伺うことの少ない金の子供のような満面の笑みを自分だけが目に出来て、日向にしてみればこれだけでも十分賞賛に値するが。

『本当に、アリガトウゴザイマス。これ、とても美味しいので一口如何デスか?』

などと言って皿を差し出すどころかその一口分をフォークに取り、何の抵抗も無しに日向に向けてくれるおまけ付きである。


これで金大正馬鹿(…)な日向が浮かれないワケがなかった。


『…日向サン…?』

日向にフォークを差し出した手を掴まれ、金がきょとんとしながらケーキのかけらを口に運ぶその仕草を見ていれば。

『確かにうまいが、俺にはお前さんの方がうまい』

と、何の憶面もなくそんな事を言われてまたぼっ!顔を赤らめた。

『もう!誰もそんなコト聞くしていないですッ!』
『本当の事だ』
『だからって、何もこんな時に言うコトでナイでしょうッ!』
『じゃあ夜ならいいんだな?』
『……ッ!』

屁理屈も酷しいとはこのことだ。

『…おい』
『……』
『…こら』
『……』

金は下手に口を開けば墓穴を掘りそうな予感に襲われ、無言で日向から半身ずらして黙々とケーキを口に運んでいく。

『……』

とたんに日向はまるでお預けを食らった子供のように眉を潜め、金がずらした分だけずいずいっと近付いた。
近付かれた分金が身体をずらして行けば、大して長くないソファの移動などすぐに縁に着いてしまう。
調度手にしていた分を食べ終えて、金が頃合いかと日向に向き直れば…。

『すねるな』

相変わらず見当違いな事を言われて怒る気力も萎えてしまう。

『……』
『膨れるな』
『誰のセイですか、誰のっ!』
『俺のせいか…って、うおっ!!』
『―――――――ッ!!』

しかし、日向から続けて発せられた言葉に反応して、つい、脇にあったクッションを叩きつけてしまったのは金のせいではない…筈。

『痛いぞ!』
『痛くしたんですから当り前デス!』

憤慨して叫び返す金だが、拳でなくましてや凶器と同義語を持つテコンダー(…)の脚が繰り出された訳でもないのだから、これでも彼なりに十分手加減しているのだ。
しかし日向にはその気遣い?は通じなかったようで…。

『そんな事をするとなぁ…』
『…ぅっ?!』
『襲うぞ』


言うより先に襲われてしまった。


襲うと言っても、勿論日向としてはその勢いを殺して金に飛びかかったわけだが、派手な音と共に床に押し倒したところ、そこであるべき筈の金の恨みがましい制止の声が聞こえない。

『…金さんや?』
『……ぅ……』
『おい、金…っ』

慌てて伸しかかっていた金から身を起こし、痛みからか息を詰まらせて眉を寄せている金の頬を、確かめるように撫でる程度に優しく叩く。

『どこか怪我をしたかっ?』

自分から仕掛けたくせに、いざその相手がこんなことになると青冷めてしまう。

『……ぃ……』
『悪かった、ホントに悪かったよ…』

痛みをやり過ごす為に浅い呼吸を繰り返し辛うじて背中が痛いとだけ訴えれば、日向はすぐに金の身体を抱え上げて撫でて宥める。

『危ない…じゃない…ですか…ッ!』
『スマン』

痛みに涙のにじむ目尻に唇を寄せて、恨みがましい小さな呻きを聞きながら金の背後に視線を向ければ、そこには金がいつも大切に持ち歩いているギターケースが転がっていた。
ギターケースがただ転がっていただけならまだしも、日向が金に飛びかかった弾みで止め金が外れて中身が散らばっている。
…何分中身が中身なだけに、むき出しになると非常に危険な代物ばかりだ。

『…私の大切な持ち物です。それに…危ないデスから、気を付けて下サイね』
『悪い…』

いくら金の持ち物とはいえ、そんなモノの上に金を押し倒したのかと日向はいたく反省した…のも束の間。

『金、これは?』

日向の視界に仁王剣や他の武器以外に、普段ギターケースの中に収納してあるとは到底思えない、白いシルクの包みに真っ赤なリボンといった何とも可愛らしい物が目に止まる。

『…!!』
『…金?』

日向としては素朴な疑問以外の何物でもなかったのだが、思いがけず金が慌ててそれを隠すように手にする様子に、日常では大して役に立たないオオカミの勘が働いた。

『それの贈り主はあのお嬢ちゃんじゃないな?』
『何故判りますか!』


判る。判り過ぎる。


大体日向の勘などなくとも、金が必要以上に慌てふためいている時点で判らない筈がない。

『………』
『………』

床の上に散らばったギターケースの中身もそのままに、日向と金はしばし無言で向かい合ったままだった。

『そこまで必死になってまで、俺に隠したくなるようなモノをもらったのか』

しかしそのままでは埒があかないのは明白だから、日向としては極力冷静さを装った声音で問いかける。

『か、隠すしたわけでは…!』
『じゃあ見せてくれるよな?』
『嫌です』

ところが金は小声ながらもきっぱりと拒絶した。

『へぇ…』

…嫌だと言われると余計に気になるのが人情と言うモノだろう。
日向にしてみれば見せてもらえないのなら力付くでも見るまでだ。

『ぇ…ッンぅ!?』

白い包みを持つ方の手を素早く掴み、金の気がそちらに逸れたほんの僅かな隙に、日向は金の身体を己の方へ引き寄せる。
そして金が態勢を崩さないように全身に力を込めて堅くした更なる隙に、日向は無防備な唇をいとも簡単に塞いでしまった。

『ぃや…く、ンぅ……ッ!!』

そうして間髪置かずに口内に舌を差し入れ、当然の事ながら逃げを打つ金のそれに絡めて時折甘噛みする。

『……ん、んン……』

力づくとは言っても別に暴力を振るう訳でなく、こうやって金に色ごとをけしかけるだけなのだか。金にとってはこちらの方が効果的面だし、それに何といっても簡単で手っとり早かった。

『……ン……ぁ…』

薄目を開けたまま金の様子を眺めていれば、こわばる身体から徐々に力が抜けて行くに従い、それとは逆に息が上がり顔が上気するのと同じように、抱き込む身体も熱を帯びてくる。

『…ン…』

そうして差し入れられた日向の舌を金が自ら求め吸い上げるようになった頃、ちゃっかりと問題の白い包みを奪い採ってしまった。
しばらく日向の舌の技巧に翻弄され、その結果荒くなった呼吸を隠す事なくしがみついてくる金を抱き締めて、空いた方の手で背中を撫でさすってやる。

『…ぁ……ん…っ』

その撫で擦る間にも背中から腰…を通り越して尻まで撫でているのは日向ならではだろう。

『ひゅ……サ、あぁ……は、ッ…』

倒れ込むに近い形でもたれかかって来た金は日向の肩口に顔を預けて、そうして日向が手を這わせる動きに小さく確実に声を零す。
そんな金の様子に完全に意識を反らせた事を確信した日向は、余裕釈々と片手で奪った包みを解いてしまった。

『なんだこいつは』

ところが出てきたモノは何の変哲もない、強いてあげるとすれば非常に艶やかな光沢を放つ高価そうな…




『お前さん…二月でもないのにあの女からこんなモノもらって来たのか?』




小粒のチョコレートが入ったアンティークな硝子の小瓶だった。

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