大問題 05
金が必死に隠すくらいのものならば、さて一体どれだけの代物が出てくるのかと構えていた分、あまりにも何の変哲もないチョコが出てきて、日向は思わず拍子抜けな声を出してしまった。
しかし…。
『だ…駄目…ッ…!これは…私だけのモノです…!!』
くすぶるような熱に侵され始め力の入り切らない身体なのに、金はなおも必死の形相でそれを取り返そうと日向の片腕の中でもがき出した。
『駄目です、日向サンッ!お願いですカラ返すして下サイ…ッ』
『何故だ。たかがチョコレートだろうが』
『たかがなどではではナイです!ふみこサンが私だけにと下さる事をしてくれたチョコレートですッ!
私だけに、そう言っていたのです!』
だからお願い返して下さい…などと金が必死に懇願しても、日向にとってむしろそれはまさしく逆効果だった。
『これを嫌ってほど大事にしているってことはつまり、お前さんにとってあれは俺より大事なワケだ…』
自分が金に執着しているといった意味合いであれば、ふみこから金は全く相手にされていない事を承知していて、しかも暇つぶしの娯楽アイテムよりは役に立つ程度の認識しかされていない事も知っているくせに。
普段であれば《俺ががいるだろう》くらいの陳腐な台詞を吐けるくらいなのに、今回ばかりは嫉妬心が引き下がらなかったようだ。
『そんなものは関係ないです!』
しかも金にそんなものと言われて、日向は尚更心が狭くなってしまった。
…別に日向の目の届かない所で金が何をして居ようが勝手なのだけれど、一端完全に金に係わる事を決めた日向にとっては、金がふみこと会っていたことを自分に隠していたと言うことがまず気にいらない。
しかも、これまた隠すようにしてギターケースにこの問題のチョコレートを入れていて、その上見つかっても絶対に分けるつもりがないのだから、したくもない余計な勘ぐりをしてしまいたくなる。
『それは絶対に日向サンが口にしてはイケナイのですカラ…!』
そして追いうちをかけるようにこんなことを叫ばれて、日向のなけなしの堪忍袋の緒がぶちぶちぶちぃッ!とまさに破裂するように切れてしまった。
『ひゅうが…サンーッ!?』
それと同時に日向が取った行動を目の当たりにして、返してくれと繰り返し懇願していた金の声が裏返ってしまう。
『な…な…な…!』
『………』
なんと日向は金の必死の制止と懇願を馬耳東風で無視し、手にしていた小瓶の蓋を器用に親指で外して、そしてその中身を一気に己の口へと流し込んでしまったのだ。
『だ、出してッ!飲み込むしないで下サイ日向サンッ!!』
それに対して見た目にもはっきりと血の気が下がった金は、それでも怒るよりもまず先に吐き出す事を促したのだが…。
『………』
『あああああッ!!アイゴォォォーッ!!』
それすらも空しく日向がごくん、と喉を鳴らして飲み込んでしまったことに、喉の奥から絞り出すような大絶叫を上げるのだった。
『なんて…コトを…』
金は真っ青な面持ちで茫然自失状態になりながら、未だ日向の腕の中で空になった小瓶を眺めて呟いた。
『そんなに泣くような事で…もッ!?』
あまりにも力なく呟くその姿に、流石に全部食らうのはマズかったかな…と思うより先にその異変は起きた。
『な…なんだぁッ!?』
『!!』
突然日向の中の獣人の血がざわめいて、意図した訳ではないのに牙と爪が伸びてきたのだ。
『くぁ…ッ!』
『日向サンッ?!』
しかも己の意志とはまるで関係なしに、日向の身体が変化し始めてしまった。
意図した訳ではない分何が起こるか皆目見当が付かないだけに、日向は慌てて金を突き飛ばすように自分から離れさせたのだが。
『あ…あ…あ…』
金が茫然とそれを見守る中、ケーキの甘い匂いが漂う事務所に1匹の大きな銀灰色の狼が姿を現したのだった…。