大問題 06
「私は…ふみこサンになんと言えば…」
あれから一通り銀灰色の狼にビシバシとクッションを叩き付け、とりあえず落ち着いたらしい金は、日向を責める訳でなく、ただこの事をふみこにどう言い訳をすれば良いのかだけを気にしていた。
その様子に日向は相変わらず不機嫌なまま、溜め息を零す金の唇をべろりと一舐めして強引に視線を絡ませる。
しかしそこで金が憤怒の形相で睨みつけて罵声を浴びせてくると思いきや、眉間に皴を寄せて今々零れ落ちそうな涙を堪えていたのだから焦ってしまった。
『金…』
「ど…して…」
『え?』
「どうして…こんな酷いことをしますか…」
『……』
責めると言うよりは確認を取るような言い方に、日向は返す言葉が見つからない。
「結局私がどれだけ思っても…日向サンには関係ナイのですネ…」
そう言うと金は日向から身体を離して立ち上がり、窓の外に視線を向けてはあぁぁぁ…と思いきり切ない溜め息を吐いた。
『え?え?え?』
何故あのチョコレートからそう言われるのか判らず、狼姿の日向は怒られた飼犬が必死に主人のご機嫌を取るように、立ち尽くす金の周りをぐるぐると回って声をかけ、時折金の身体に己の頭を額を擦りつける。
『金…』
金がこの姿の自分を撫でて抱き締めたがっている事を知っているだけに、いつもならこれで懐柔されて機嫌を直してくれるのだが…
「………もう……良いデスよ……」
金は相変わらず溜め息を吐いたまま窓の外を見ていた。
「とりあえず…日向サンを元に戻すコトをしないと…」
『……』
日向を責め立てる訳でなく、ましてや怒りもせずにそう呟く金の姿に、もしかしなくても自分は取り返しのつかない事をしてしまったのかなと、日向は今更ながらに冷や汗をかき始めた。
「ふみこサンに報告しないと……これも効力の一つでしょうしネ……」
しかしぽつりと呟かれたこの言葉に、一気に萎えていた日向の独占欲のボルテージがまた跳ね上がる。
『……』
「わぁッ!!」
茫然と立ち尽くしている金の道士服の裾を噛んで引っ張り、バランスを崩して後ろに倒れかけた身体を守るように、しっぽを絡めてから強引に己の上に倒れ込ませた。
「また何を…ッ!」
ぼふっという鈍い音とともに日向の毛皮の上に倒れ込み、流石に今度は何だと怒りを顕にすれば、先ほどまでと同じようにむすっとした日向ににらまれて閉口する。
『お前さん…これがただのチョコレートじゃないことを、最初から知っていたのか…?』
「………」
『ほー…』
ぐぐ…っと言葉に詰まる金の頬を、日向はまるで毛づくろいでもするように優しく舐めながら意味ありげに耳を動かせてみせた。
『…何を考えてこんなモノを欲しがったのかねぇ…』
「……」
聞かれたからと言って金に答えられる訳がないが。
しかも金はいつの間にか転がったままだった携帯に手を伸ばし、こっそりと何処かに電話しようとしていた。
『お前さん…あのばーさんに一体何を……ッて、いッてぇぇぇーーーーっ!!』
「…………!!」
「あーら失礼」
ところが金が電話を掛けるどころか日向が問い詰めるよりも先に、その問題のふみこが気配すら感じさせずに二人のそばに立ち、無言で力一杯日向の尻尾を踏んづけたのだからたまらない。
『なにすんだこのばばぁーッ!』
「おだまりっ」
パリパリっと雷気をまとわりつかせて日向が吠えれば、ふみこは全く動じることなくもう一度今度はダンッ!と床を踏み抜く勢いで踏み付けた。