大問題 07



『……ッ!!』

いきなり現れたふみこに一度ならずニ度までも(しかも力一杯)尻尾を踏まれ、日向は余りの痛さに息を詰めて背を丸めてしまう。

「私に立て付くなんて100年早いわ、このイヌっころが」

ふみこは日向のその姿にひとまず満足すると、何をどう説明(言い訳?)したものかと赤くなったり青くなったりと一人静かにせわしない金へと微笑んだ。

「このヘタレ犬っころと違ってあなたはいいコね、可愛い大きな坊や」
「へ……?」

ちゃあんと私の言いつけを守ろうとしたのだから…と言われても、金には今のこの状況すら把握しきれていないのだから、どうしても間抜けな返事をしてしまう。

「エト…アノ…何故ふみこサンがここに……イヤそれより、どうして私がふみこサンを呼ぶ前に、状況を判るしている…と言うか、私が貴女との約束を守ることをしていたのを、何故知っていますカ…?」

金としては尋ねたいことは沢山あるのだが、どうにも把握しきれていない為に質問がどうしてもまとまらない。

「ふふ…その質問はまた後で。まずはこのヘタレ馬鹿をどうにかしないていけないでしょう?」
「……」

いつもと違い辛辣な忠告をするでなく、ただ「ね?そうでしょう」と優しく微笑まれて、何やら嫌な予感がしなくもないのだが。

「ふみこサン…」

しなくもないが、金にとってはそれよりもまずふみこに謝る方が先だった。

「…せっかく戴いたチョコレート、私の不注意で日向サンに食べられるをしてしまいました。
ふみこサンのご好意をこんなことにしてしまい、本当に申し訳アリマセン…」

と、金が深々と頭を下げて謝れば、そこで何故かふみこは金ではなく日向のすぐ脇にしゃがみ込み、

『んギャっ』

尻尾を踏まれた痛みをしきりに舐めてそれをやり過ごしているのを、無理やり顎を掴んで自分の方に向かせて強引に止めさせる。

『いでででで…ッ』
「あなたね。どうしてそこまで器が小さい上に懐の狭い男なの。
もっと余裕を身につけなさい。みっともないったらないわよ」

ふみこからミシミシと音を立てそうな力加減で顎をつかまれた日向は、両前足を空気を引っ掻くようにバタつかせて痛みを訴える。

『んぎぎぎっ』
「ふ、ふみこサン。日向サンとても痛そうデス、せめて力緩めるして下サイ」

眉間にシワを寄せ鼻をピスピス鳴らして苦悶の表情を見せている日向に、金はしなくて良い同情をしてふみこに止めるよう頼み込む。

「全く…」

こんなことになっても金が相変わらずお人好しさを見せるため、ふみこは大きく溜め息を吐いて不承不承手を離してやる事にした。

「金。あなたもう少しこのヘタレ馬鹿に厳しくしないと駄目よ。
…そもそも付け上がらせるからこんな事になるの。判ってる?」
「……スミマセン」
「一概にあなただけのせいじゃない事は知ってるけど…むしろ今回はこのヘタレ馬鹿鳥頭が悪いけれど。
さぁてどうしたものかしらねぇ…」
「……」

さっきも思ったのだが、何故ふみこは説明していないのに事情を知っているのだろう?
しかし金は思いはしてもそれを口にしない。
…ふみこから『後で』と言われたのだから、どんな形にせよいずれ説明されるだろうし、それに…

『俺のせいでも何でも良いから、とっととこれを直せ!』



日向の事が先だ。




「相変わらず躾がなっていないわね。それとも…また私に調教されたいのかしら?」
『……』

解放された途端にガウガウと喚く日向に、ふみこは冷たい視線と声なく《おすわり》と言って黙らせる。

『……』
「痛む、しますか?」

すると日向は、また伸されたらかなわないと言いたげに、おとなしく自分からちょこんと金の脇に腰を下ろした。
同時に金がそんな日向の鼻を優しく撫でてくれるものだから、日向としては尻尾を振って喜びを表現するだけだ。

「いい?あなたは何かまた余計な勘違いをしているようだけれど、それは誤解もいいところなの」

そう言いながらふみこは、日向を撫でながらも未だ握り締めたままだった空の硝子瓶を金から受け取り、懇切丁寧に日向の目の前にちらつかせた。

「これは私が金に《あげた》モノじゃないわ。《金に依頼されて》渡したモノなのよ。
そうよね、可愛い大きな坊や?」
「……」

日向を撫でる手を止めずに金がこくっと頷いてそれを肯定する。

『?』

意味がわからないのかそれとも撫でられている耳の後ろが気持ち良いのかは不明だが、それに日向はもっと説明を求めるべく金の方へと預けるように首を傾げて見せた。
人の姿であれば『人前で何をしますか!』と早々に手が出ている所だが、こんな狼の姿でやられると金はどうにもこうにも弱かった。

「ぅ…」

しかし説明すべき事が事なだけに、金はどうしても口篭もってしまう。

『どういう、ことだ?』

ところが日向は(いつもの事だが)諦めなかった。

「……」

頭を擦り寄せるだけでは押しが弱いと判断するや否や、今度は金の懐に潜り込むようにして、その見事な銀灰色の毛皮に被われた大きな身体を擦り寄せて行く。
そうして条件反射的に自分を抱き締める腕の中から身体を伸ばし、日向は素早く長い舌で金の唇をなめ上げた。

「い、言うしますからっ!だからこれ以上は駄目ですッ!」

ひゅっ…と息を飲んだ瞬間にその長い舌が口内に入り込み、自分の今の現状に金は日向を突き飛ばすように慌てて身体を離した。
その時『チッ…』と言う心底残念そうな舌打ちが聞こえたのは金だけではあるまい。

「…とっとと言いなさい」

金が赤い顔のままちらりとふみこを伺えば、日向の行動に物凄く不快感を顕にしてこちらを睨みつけている。

(怒っています〜!)

…どちらにせよ早く口を割らないといけないらしい。





せっかく陰ながらの自分の努力(?)をフイにされた金だったが、それでも日向を納得させる為、そしてふみこの雷を回避する為にその重い口を開く事にした。

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