大問題 09





『おい…アンタこいつに一体何を飲ませようとしたんだ…』



自分が怒っていた事も忘れて遠慮がちに日向が二人に近づけば、余程思いもしなかった事を聞かされたのか、力なく「そんな…」と呟いて首を左右に振る金の姿。

「体力を上げるをちょっと深読みしてしまっただけよ。
…むしろあなたには喜ばしい事だと思うのだけれど」

そう言ってふみこがポケットから一枚の紙を取りだし、それを日向にちらつかせれば。

『金ッ!!俺が悪かった!!』

チョコレートの本来の効力を知った日向は嬉しさのあまり己が変化中にも関わらず、ここが事務所でしかもふみこが目の前にいる事も関係ナシに金に飛びかかった。




…その瞬間。




「―――――ッ!?」




なんと(半分だけだが)日向の変化が解けたのだ。

「またいきなりなんだぁっ?!」
「ひゅうがサン!何か着るして下サイッ」」

結果(尻尾はあるとはいえ)すっ裸の日向に抱きつかれる形になってしまった金は、驚きながらもいつものように唇で自分の顔の輪郭をなぞる日向から逃れようと必死になった。

「女性にそんな姿見せる、失礼でしょうッ」

しかも金の制止などお構いなしに道士服の留め紐に手をかける日向に、さすがに何を考えていますか!と脚を出しかけたのだが。

「典雅さが足りないわ、犬っころッ」

と言うふみこに思いきり蹴り飛ばされた。

『ぎゃんッ!』

ふみこに蹴られしたたか壁に叩きつけられた日向は、つぶれた何かのような情けない悲鳴と共にまたオオカミ姿に戻ってしまった。

しかも、


「おすわりッ」


と、また前回同様床に叩きつけられ、鈍い嫌な音と共に床にのめり込むように、強制で伏せる姿勢にならざるを得ない。

『グ………』

己の意志ではないとはいえ、この短い時間で変化を繰り返したせいか、前回のように押さえつけられる重力に逆らって起き上がる気力はないようだ。

『なに…しやがる…』

しかもせっかくいつもの姿に戻りかけたのに、また狼の姿に逆戻りである。

「ど…どうなっているのですカ…」

伸されたまま恨みがましくふみこを睨み見上げる日向と、極寒の眼差しで日向を見下ろすふみこと、そんな二人をオロオロと見比べる金。

「ふ、ふみこサン。これは一体…」
「この犬っころが変化を繰り返す理由がわかったわ」
「エエっ!?」
「…簡単なことよ。この馬鹿がどんな時に狼になって、どんな時に戻ったのか思い出してごらんなさい」
「……?」

ふみこから思い出せと言われても、せわしなく色々ありすぎてどれがそれに該当するのか金には見当がつかない。

『……理由はなんであれ、原因はお前のチョコレートだろうが…ッ!』

しかし日向にはそれが判ったらしい。

「なら元に戻るのも簡単でしょう。くやしかったらさっさと戻ってごらんなさいな」

ただふみこから徴発するように言われても、その変化が解ける様子はなかったが。

「アノ…」
『……』

一人置いていかれた金は、つまりは一体何がどういうことなのかと日向に答えを求めれば…

「…?あ、ソレは…」

金に対してはさすがに気まずいのか、ふぃっと視線を外しながら、顔を背けざま口から何かを吐き出した。

「私の留め紐…」

それを見た金は、今更ながらに自分が先ほど日向から留め紐を外されかけていた事を思い出して赤くなる。

「あら。これに気付いたの。じゃあますます変化は解けないわねぇ?」
「どどどどう言うコトですカッ」

しかしそんな金をよそに、留め紐を拾い上げ鈴を転がすようにころころとさも楽しそうに笑うふみこと、さらに輪をかけて不機嫌になってゆく日向。

「よーく思い出してごらんなさい、可愛い大きな坊や。日向が無条件で変化してしまうのはどんな時だったかしら?」
「…エ……確か《怒りが爆発した時》お聞きした思いましたが…」

ふみこの意図が掴めない金だが、それでもしっかり質問に答えるのはやはり性分なのだろうか。

「あなたの大切なオオカミさんは、このチョコレートを食べた時はどんな状態だったのかしらねぇ?」
「エト……大人げないほどに《怒る》して……ア」

しかし、そこまで言われてようやく金も変化の理由に思い当ったようだ。

「では…先ほど元に戻りかけたのは…」

それでも金は己の予測が信じられず、まさか…と自信なさげにふみこに伺うのだが…。

「あのチョコレートの本来の効力を知って、喜びのあまり己に正直になったからでしょうよ。
…全く…よっぽどあなたといたしたいみたいね」
「……やっぱり……」

微塵も否定されず追いうちまでかけられて、金はがっくりとうなだれるしかなかった。

「嫉妬で変化して歓喜して戻る。…典雅さのかけらもない馬鹿ね」

なんとか元に戻す方法はないものかと思っていたけれど、これではもう戻る戻れないは日向次第ではないか。
自分の一世一代?の覚悟をよりにもよって日向に邪魔され、あまりのむなしさに金からはもう、涙も溜め息もましてや日向に対する罵声すらも出てこない。
意気消沈で金は言葉もなく散らばった仁王剣やその他諸々を片付け始めたが、一つだけ解決していない疑問を思い出してふと動きを止めた。

「ふみこサン」
「何?」
「私一つだけ判らないコトがあります」
「聞いてあげるから言ってごらんなさい」
「ハイ」

二人ともあえて伸されたままの日向を無視して、向かいあう形でソファに腰を下ろした。

「ふみこサンに最初に尋ねるしたことです。
…私が説明していないのに、なぜふみこサンはこの状況を把握していましたか?」

この、と言いながら金が日向を指差せば、ふみこはにっこりと微笑みながら先ほど拾い上げた金の道士服の留め紐を、自分たちの間にあるテーブル…あの大量のケーキが置かれたままの僅かなスペースに置く。

「ふふ…気付かなかった?」
「何をですカ?」
「ちょっとこれに細工をさせてもらったの」
「?」
『ダマされるな金!』

細工とはなんぞ?といった感じで金が首を傾げれば、それに何故か日向が吠えた。

『こいつはなぁ、お前さんのそれに盗聴機を仕掛けていやがったんだよ!』
「…………」


日向の言葉が信じられず、金が唖然として視線だけでふみこに真相を問えば、当のふみこは全く動じることなくさらに優雅ににっこりと微笑んで見せた。

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