式神使い達の円舞 02
◆H&K探偵事務所・日向と金
『金さんや。アンタに仕事の依頼が入ったんだが…やるかい?』
金が小夜に家庭教師もどきのことをするようになったのは、日向が持ちかけた仕事がきっかけだった。
『私が小夜サンへ…ですか?』
『ああ。…魔女と小夜ちゃんのたっての願いだよ。引き受けてくれるか?』
あまりにも世間に染まっていない小夜に、この社会で生きていくための知識と、それに必要なだけの勉学をイチから教えて欲しい。
それが今回の依頼。
正しくは日向がふみこに持ちかけられ、それならどう考えても金の方が適任だと。
そう考えた日向が改めて小夜に尋ねて、予め了解を取りつけていたのだが。
『…私でよいのですか?』
『お前さんじゃなきゃ無理なんだよ』
『ですが、何かを学ばせるのなら、学校でなくとも教えることを業いとしている方々が居ます』
『…一般の人間なんかにゃ勤まらんさ。
そもそもあの子の正体を知っていなきゃ、何をどう教えてやればいいのか判らないだろう』
『それは…そうですが…』
『それにだ。お前さんが断るとなると、残りは俺か光太郎か魔女ということになる。
…魔女または光太郎から教えられるとして、あいつらは小夜ちゃんが何のストレスも溜めずに学べる相手か?』
『……』
日向にそう言われて普段の関係を思い出した金は、ふるふると小さく左右に首を振って否定する。
『俺じゃこの探偵の仕事を優先する必要があるから、悪いが小夜ちゃんの為に時間は取れない。
…だから、お前さんに頼むんだよ。あの子の先生になって、いろいろと学ばせてやって欲しい』
◆再びふみこの屋敷調理場・小夜と金
「…ご迷惑では、なかったでしょうか…?」
「何がですカ?」
「金さんがあしきゆめをも動かした、見えない何かを探しているとふみこさんから聞きました。
…そんな金さんが、貴重な時間を裂いてまで私にいろいろと学ばせて下さる事が、無駄にはならないかと、そう思って…」
「小夜サン…」
極端に知識の乏しい理科と算数のドリルを前に、まったく進まない事への苛立ちと不安が小夜にのしかかっていた。
「兵器であった私は、こうして何かを学ぶなどということすら、本来なら許されていません。
それでも、私は人として生きるための知識を得たいと、そう思いました。…でも…」
うつむいて、肩を震わせながら消え入りそうな声でそういう小夜に、金は何も言わずにちょっとだけ考え込み、そしてすぐに妙案を思いついたと少女の頭を撫でて身体を起き上がらせた。
「小夜サン、ドリルを閉じて下さい」
「え?」
「今日は勉強は止めにします」
「金さん?」
にこにこと微笑みながら机の上の勉強道具を片付け始めた金の意図が掴めずに、小夜は戸惑いを隠せない。
「気が滅入るした時に無理はイケマセン。
無理に学ぶ事をしても、何も身につくことはないからです」
「…ですが…私は一日でも早く人になりたくて…多少の無理は覚悟の上です」
「無駄はよけいその目的を遠ざけます。小夜サンに今必要なのは、気分を替える事です」
なおも教えを乞う小夜に、今度は満面の笑みを浮かべて金はこう言い切った。
「こういう時はお菓子、作りましょう!」