式神使い達の円舞 03



◆某地区某建物前・日向


「さて、ご機嫌を損ねないように、時間通りきっかりに行くとするか…」

真っ黒なスーツに、真っ黒なソフト帽、真っ黒な靴にそして留めにサングラス。
道すがらガラスに映った己の姿を確認しつつ、日向は待ち合わせの某場所へと足を向けていた。




◆ふみこの屋敷調理場・小夜と金とふみこ


「小夜、大きな坊や。私はちょっと留守にするけど…」

シンプルながらも優雅な装いで調理場に現れたふみこは、その場所でくり広げられている光景にきれいな眉を潜めてしばし固まった。

「あ、ふみこサン」
「…あなた達…調理場で何をやっているの?
それに大きな坊や。私は確かに小夜に学ばせるためなら、何をどう使っても構わないとは 言ったけど」
「ハイ」
「…その為の道具を壊していいとは、一言も言っていないわよ?」

そう言ってふみこが指差したのは、焦げ臭い煙を吐き出す一台のオーブン。

「エエト…あの、これは…その…」
「悪いのは私です!」

途端に口ごもる金に、小夜は早々に恥を告白してしまう。

「申し訳ありません、私が…焼き菓子を焦がしました…」
「…金。ちょっとこっちにいらっしゃい。小夜はそのまま続けなさい」

いつものからかうような『大きな坊や』ではなく、ふみこに名前そのもので呼ばれて金は少しだけ表情を硬くして、手招きされるままに調理場の入口へと足を向けた。

「私の言いたいことがわかる?」
「……」

魔女の目の前には、金に教えられたまま、調理場で焼き菓子の材料を相手に
孤軍奮闘している小夜と、人並外れた身体を小さくしてふみこの小言を待つ金。

「あの子のことはあなたにまかせてあるんだから、今更あれこれ指図はしないけど。
…作ったからには無駄にしないで頂戴」
「ハイ」
「それと。あなた、この依頼で本当に何もいらないの?私が依頼した以上、その為の見返りを払わないことは私の信条に反するのよ。
…何でもいいから望みを言って」
「……」

ふみこに胸倉をつかまれ、半ば脅しをかけられるようにそんなことを言われても、金には欲しいと思える物が何一つなかった。
「…まぁいいわ。
こんなことで頭を悩ませるより、あの子を人らしくしてあげることに専念して頂戴。
それと私は出かけるから、何かあったらミュンヒハウゼンに言いなさい」
「あ、あの、どちらに…?」
「…私が何処へ出かけようと、それは私の勝手でしょう。
それともなぁに?もしこの外出が光太郎とデートだとして、あなたに何か不都合でも あるのかしら」

わざと光太郎の名前を出してからかうように言えば、金は一瞬だけ酷く傷付いたように 眉間をよせ、それでもすぐにゆっくりと静に首を振って否定する。

「私、野暮なことを尋ねました。スミマセン。お気を付けてお出かけする、して来て下サイ。
…楽しいと、良いですね」

そう言い残すと、ぺこりと頭を下げて小夜のところに戻って行く金に、ふみこはちょっとだけ不満の色を紫の瞳に浮かべて呟いた。


「…相変わらず、あなたって子は馬鹿ね…」




◆某所某建物・日向


「相変わらず時間通りには来ない、か…」

待ち合わせ場所に指定時間きっかりに到着した日向は、未だ姿を現している
様子のない待ち合わせ相手の性格を思いだし、何を今更…と一人ごちてみる。

「まぁいいか。話が話だから、すっぽかされることはないだろうしな」




◆ふみこの屋敷・小夜と金


「で…出来ました!」
「ハイ、今回は上出来ですね。私も教え甲斐がアリマスよ」

金が気分転換に菓子作りを思い立って、すでにどれくらいの時間がたったのだろうか。

「煮詰まった時にお菓子作り。なかなか意外と面白い、思いませんか?」
「…はい」

覗いて行ったふみこがあきれるのは仕方がないと思えるほど、最初のうちは本当に作るのが大変だったのだ。
鬱々とした気分ではどうしても集中できない上に、小夜にとっては使ったことはおろか、見たことすらない道具になれるまでが大変で。それでも金は呆れる事もなく、何が原因で失敗したのか考え、そして次に直すべきところを考える。
そして小夜に分かるようにそれを伝え、小夜はそれを踏まえた上で新たに作り始める。
最初の頃はまるで炭のようであったでき映えが、形はまだ完全ではないにしろ、金が通常見知った焼き菓子そのものになってきた。
…その証拠に、今では焦げ臭い嫌な匂いは消え去り、ほのかに甘く柔らかな匂いが調理場中に広がるだけになっている。

「こういうものを作るしていると、他の事を考えなくなります。
それに、なかなかどうして体力を使うでしょう?」
「はい」

いつも押し殺したように冷静さを装う顔を珍しく上気させ、滑稽なほどに小麦粉をいたるところにつけてなお、小夜は金の言葉に素直に頷いた。

「お心遣い、ありがとうございます」

…実際金の言う通り、あれだけ鬱々と悩み沈んでいたのが嘘のように気分が晴れていたからだ。

「だから、ね。今日のように小夜サンの気分が沈んでしまうことがあるなら、また、こうしてお菓子を作るしましょう。
そうしたら、ドリルの方も進みますよ、きっと」
「…結城小夜、ご期待に添えるように頑張りますっ!」


そう言ってにっこりと金が笑えば、ちょっとだけ現実を思い出した小夜が、両手を握り拳にしてそれに応える。


「イエ、そんなに力を込めて言わなくても良いデス…」



小夜がこんな気合の入れ方をすると、大抵空回りすることをいい加減金は学んでいた。




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