式神使い達の円舞 04



◆某所・某建物・日向とふみこ


「お待たせ、オオカミさん」


店員に案内されてふみこが待ち合わせ場所に現れたのは、約束の時間からゆうに30分も過ぎた頃だった。

「予想よりは随分と早かったな」
「あら、随分と余裕なのね。つまらないわ」
「…生憎と、それなりに覚悟はして来たんでね」

…若い女性で賑わう小洒落たオープンカフェに、かなり異質な出立ちといえる、全身黒づくめの日向を待たせていたふみこ。
この場所にあまり似つかわしくない日向に対し、他の女性客から向けられる視線に、それなりに苛立っているだろうと思ったからこその待ち合わせだったのだが…。

「いつもなら、こんな場所で待ち合わせるのなんて物凄く嫌がるくせに、今日は気にもしないのね」
「出された話の内容が内容なんでな。
それにまぁ、たまにこういう所で珈琲を飲みながら人を待つのもいいもんだ」

大して気にした素振りもなくそう応える日向に、ふみこは気が削がれたと言いたげに軽く溜め息をついて、自分のオーダーを告げて店員を下がらせる。
ちなみにふみこが現れた時点で、日向に向けられていた好奇の視線は消え失せていた。
…この場所に現れた時点での魔女の一蔑は、不躾な好奇の眼差しを黙らせるに絶大な効果を見せていたのだ。
どんなことであれ、偉大な魔女の今の連れはこの日向である以上、自分が現れてまで好奇の眼差しを向けられるのは気にいらない。

「悪いが本題に入らせてくれ。俺にも一応予定があるんでね」

しかし日向はそれすらも気にした様子を見せず、新しい煙草に火を付けて切り出した。

「…せっかちね。それとも何?そんなにあの大きな坊やのことが大事だとでも言うの?」



◆ふみこの屋敷調理場・小夜と金と光太郎


…またまたしばらくして。


「なんだかすげーいい匂いがすんだけど…」
「こ、光太郎さん!」
「小夜サン、危ないッ!!」

学校が終わり次第、屋敷へ来いとふみこに約束させられていた光太郎が、
食べ盛りの少年よろしく甘い匂いの震源地(?)である調理場へひょっこり顔を覗かせた。
菓子作りに専念していた小夜は、いきなり現れた金以外の存在に驚愕し、手にしていたオーブンの鉄板を落としかけて、それを慌てて持ち直そうとしたら…結果見事に手を滑らせた。


が。


「熱…ッ…!」
「おっさん!」
「金さん!!」

焼けたばかりの菓子を乗せて、かなりの高温になっていたそれを素手で受けてしまい、苦痛の呻き声を上げたのは金だった。

「み、水…ッ!」
「早く冷やせ!」

素早く調理台の上に乗せて手を放したとはいえ、これは火傷には変わりない。
すぐに冷やさなければと光太郎が金の両手を掴み、同時に小夜が蛇口を捻る。

「私、薬をいただいてきますっ!」
「アノ、大丈夫ですから…」
「いや、包帯もついでに頼むわ」
「はい!」
「……」

金の手を掴んで流水で冷やしながら光太郎が小夜を伺えば。
大した事はないからと、そう言いかけた金を光太郎あえて無視して、そして小夜は意図を汲み取って、大慌てでミュンヒハウゼンの元へと駆けてゆく。

「……何だよ?」

珍しく息の揃う二人の勢いに呆気に取られた金は、つい光太郎の顔を凝視してしまった。

「イエ…」
「………」
「…光太郎サン?」

頭上からのそんな金の視線に気付いた光太郎は、一瞬だけ気まずそうに眉間に皴をよせ、だがしかし、すぐに金の手を冷やすことに専念する。

「…あのさ金さん」
「ハイ?」
「これからも、あいつのこと頼むわ」
「?」

それは水音に消え入りそうなほどに小さな声だったが、相当身体が近づいていた為に金の耳にしっかりと届く。
しかし意味が分からず無言で首を傾げれば、光太郎はちらっと小夜が出て行ったドアの方へ視線を向ける。

「あいつさ、あの時は放っておいたら、すぐにでも死んじまいそうなくらい、簡単に 死ぬって言ってたけどよ。最近になって、やっと自分から前を向くようになってんだ。
人として学んで、考えて、そうして生きて行くって、あいつは言ってた。
…俺は、それはあんたのお陰だと思う」

少しだけ顔を赤くしながら、視線を合わせることなくそう呟く光太郎に、金は小夜に『教師』として初めて顔を合わせた時に聞いていた話を思い出した。
魔導兵器と育てられ、人あらざるべき『物』としてではなく、ただの『者』として生を全うするのだと。
世間の常識というものから隔離されて育った小夜が、自分を作り上げていたものを一端無に返してから、改めて学び直す。


……それがどれだけ大変なことか。


「あいつみたいなヤツに何かを教えるってことが、どんなに大変な事かって、俺、あれから散々 所長から聞かされてんだよ」

そして、自動販売機という物を説明することでさえ、納得してもらえるまでは説明出来なかった光太郎は。



「人に何かを教えるって、すげー大変なんだな」



自分のように、すぐにけんかをしたり怒らせたりすることなく、根気強く分かるまで説明している金を純粋に凄いと思ったのだ。





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