式神使い達の円舞 05


◆都内某場所・日向とふみこ

「それでアンタが俺に話ってのは?」
「先に言ったでしょ。あなたが大事なあの大きな坊やのことよ」

憩いを求める人々が集うべき場所で、日向とふみこの居座る一角のみ、何やら怪しげな雰囲気に染まっていた。

「一言でいえば、気にいらないのよね」
「何が?」

グラスに立てられたストローを綺麗な指でつまみ引き上げて、ふみこはそれをそのまま日向に向ける。

「…そもそも、あなたのその余裕が気にいらないわ。
金が私の屋敷に通い詰めているのに、何故そんなに余裕を見せていられるの?」
「全く…一体今度は何を企んで、そんな思ってもいない事を口にするんだか」

柄にもなく、むしろわざとらしくすねた様子を見せるふみこの態度に、日向は呆れを隠すことなく溜め息とともに肩をすくめてみせた。

「あら、お見通し?」
「………」

しかしふみこだとて、日向が自分の意図を見通すだろうという事を前提にして、こんな態度を取ってみせたのだから、何ら気にも止めずにストローを戻す。

「大体そっちこそ一体どういうつもりだ?
…俺にはあんたがただあの戦巫女だった少女に、ここまで手を差しのべる意味の方が気になるんだがね。それに…」
「それに、何?」
「何故、金まで巻き込む必要がある…?」
「……」

かすかに落とされた日向の声音の質問にはあえて答えず、ふみこはグラスの中の氷を軽くかき混ぜるだけ。

「………」
「…それは金に言われたのかしら?」

しばらく沈黙していた二人だったが、先にそれを破ったのはふみこだった。

「まさか。あいつが気付くわけないだろう」
「そうよねぇ…。あの大きな坊やに何かを気付かせるのは、本人に直接が一番だもの」

頭はいいのだが、心理的な面でお人好し過ぎる金に、少しでも気を置いた相手の言葉の裏を読み取れる訳はないと。
…簡潔で短い会話ながら、二人は金のことを失礼とも、誉め言葉ともつかない表現で語っていた。

「ま、いいでしょう。オオカミさんなら少しは話ができそうだから教えといてあげるわ。
…でも、聞いたからには邪魔は許さなくてよ?」
「やれやれ…。ま、それもあいつの為になるなら、仕方がないんだがな」

相変わらず唯我独尊な魔女の物言いに、軽く肩をすくめて日向がカップを口に運べば。


「所詮は退屈なのよ」


と、事もなげにそう言い切るふみこの、直に受け取り難い微笑が追いうちをかけた。

「色々な人間に出会って、彼等が寿命という時間から逃れる術を選ばず、私の元から消え去って。
ここしばらくの間は、興味を引かれるモノにすら出会えなくて、それで余計に退屈で。
…でも、久しぶりに私は楽しい原石を見つけたの。玖珂光太郎という、誰が見ても手の施しようのない、救い難い程に馬鹿な坊やをね」
「……」
「からかうだけでも良かったけれど。…非の打ち所のない完璧な男に仕立て上げようと、この私が見込んだだけはあったみたいね。
何せ人在らざるべき魔導兵器に、今更人としての感情を抱かせるんだから」
「………」

あえて口を挟まず、黙って話しを聞く日向にちらりと目をやり、彼が無言で続きを促したのを気にも止めずに、謎かけをするように言葉を綴る。
「…奪うのは好きでも、奪われるのは許せない。
それでもね、いいことオオカミさん」
「………」
「生憎と私は、姑息な手を使ってまであの戦巫女を陥れようなんて、そんな浅はかな考えは持ち合わせていないのよ」
「………」
「仮にも私と同じ男に目をつけたのなら、私は敵として同じ女として、決して妥協はしない。
仮に奪うべき相手が世間知らずの小娘であろうとも、その小娘なりにいい女になってもらわなきゃ、いくら目をつけた男でも奪い甲斐がないでしょう?」


そう言って、まるで面白い書物を読むように優雅に微笑むその姿に、誰とも本気にならない魔女の本質を垣間見た日向は。


「やれやれ…女ってのは怖いねぇ…」



ちょっとだけ、大げさに肩を竦めてため息をついた。





◆ふみこの屋敷・金と小夜と光太郎


「本当に申し訳ありませんでした…」
「イエ、私は小夜サンが謝る必要はないと言いましたよ。
だからね、そんなに落ち込むことをしなくても良いです」

金の火傷の手当をしている間、ひたすら謝り続けていた小夜だったが。

「…それよりも、本当に大丈夫ですカ?」

金にしてみれば、今から小夜がしようとしている事の方が心配だった。

「教えて頂いているのに、片付けまで一緒にして頂くわけには…」
「はぁ…」

…金の脳裏には、小夜から襲撃(…)を受けた調理場のイメージがうかぶ。
小夜が掃除をした日向の事務所の惨劇(笑)を知っているだけに、金は今一つ歯切れの悪い返事しかできない。

「でもおっさん。どっちみち、その手じゃ何もできないだろ」

しかし、光太郎にこう言われると確かにその通りで。

「ふ、ふみこさんが戻られる前に片付けたいと思いますので、小夜はお見送り出来ませんが…何か不都合があれば、いつでもお知らせ下さい。
火傷が治るまで、出来る限りお手伝いをさせていただきます!」

誓うように決意も固くそう言葉を残して、金の返事を待たずにひと足先に、小夜は調理場へ戻ってしまう。

「ああ…そうではナクて…ッ」

大げさに包帯の巻かれた手を伸ばし、金が制止の声を上げたところですでに小夜の姿は消えていた。

「…眼鏡のじーさんがいるから、何とかなるんじゃないか?」

いつも以上に眉間の皴を深くして、小夜を止めるべく調理場に戻りかけた金を、感慨深げに光太郎が止める。

「なぁ、じーさん?」
「…ご苦労をおかけします…」

小夜について行こうとしていた万能執事に、光太郎が同意を求め、金が心底申し訳なさそうに頭を下げれば。


「ご安心を。私めに全ておまかせ下さいませ」


と、眼鏡を神々しいまでに光らせて、事もなげに答える執事の鏡がここにいた。





◆都内某場所・日向とふみこ


「あんたがあの嬢ちゃんを構う訳は判った。だが、俺は肝心な事を聞かされていない。
…結局のところ、金を巻き込んだのはどういうつもりだ?」

今まで黙って話を聞いていた日向だったが、もういい加減自分が口を挟んでも良さそうだと、そう見切りをつけて切り出した。
「やっぱり少しせっかちね。女の話の腰を折るなんて」
「…俺は最初に、金の話だからここまで出向いて来たと言ったはずだ」
「………」
「………」

先ほどより苛つきを隠さずに日向が切り返せば、黙ってそれを魔女が受け流す。

「死にたくなかったら、これ以上余計な詮索はしない方がいいわよ」
「はぐらかすな」
「…ノリが悪いわね」
「人をおちょくるのが用事なら、俺はもう帰らせてもらう」
「全く…これだから犬の眷族は…」

溶けかけた氷をかき混ぜて、魔女は興味なさげに口を開く。

「いいこと、オオカミさん。私だってね、あの大きな坊やは気にいっているの。
…ただ、あなたみたいに構い倒したくならないだけよ」
「……」
「あの坊やが私にとって役に立つのなら、私は彼を見捨てない。
これで答えにならないかしら?」
「……」

あくまで本音を語らずはぐらかすふみこに、とうとう日向は黙って席を立とうと腰を上げかけた。

「待ちなさい日向」
「…あんたの無駄話に付き合って、これ以上時間を潰すのはお断りだ」
「言ってくれるわね」

サングラス越しに上から見下げて言い切る日向に、ふみこは流石に気分を損ねかけたが、それでも椅子に座り直して無言で譲歩する日向の姿勢に、自分もそろそろ譲歩してやろうと思い直す。



「大きな坊やの事で、私があなたを呼び出した用件を言うわ」






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