式神使い達の円舞 06
◆ふみこの屋敷・光太郎とふみこ
「おせーぞ、ふみこたん」
日向と別れ、自分の屋敷に戻ってみれば。
「…どうしてそんなに疲れた顔をしているのかしら」
疲労からくる脱力感を隠すこともせず、力なく手を上げて光太郎が出迎えた。
「それに小夜はどうしたの。金とお菓子を作っていたはずよ?」
ふみことしては、光太郎が屋敷に来たということは、恐らく金の制止声を無視するように喧嘩…とは言い難い、じゃれあいのような言い合いをしているだろうと予測していたのだが…。
「糸目のおっさんなら、だいぶ前に帰った」
「?」
「実は…」
光太郎が金の火傷の件を伝えると、少しだけふみこの眉が潜められた。
「…ミュンヒハウゼンが手当したのだから、心配はないとは思うけど…」
「一応包帯を巻いて、しばらく手を使うなって言っといたから。
まぁ何か不便な事があっても、所長がなんとかするだろ」
「それもそうね」
「あと小夜たんなら、流石に疲れたからもう休むって言ってたぜ。
しかしさぁ…なんで金さんがいないと、張り切るあいつを止めるのがこんなに難しいんだろうな…」
ソファに寝そべったままだった身体を起こして、嘆くように光太郎が呟いた。
「光太郎?」
「うーんと…眼鏡のじーさんにも謝ったけどさ。…やっぱりふみこたんにも謝るわ。
その…調理道具壊してごめんな」
「………」
小夜と光太郎が居合わせて、いつもなんらかの被害を被る制止役の金がおらず、あまつさえ互いの後見人のふみこと日向が不在。
「…どうしてあなた達は、学ぶということを知らないのかしらねぇ?」
そんな大人が誰も居ない状況で、この二人を揃えて野放し(…)にする事自体間違えている。
綺麗に揃え整えられていた、ミュンヒハウゼンご自慢の調理場は。
菓子作りに使用した器具を片付けようとした小夜と、金の代わりにその手伝いを買って出た光太郎によって、見事なまでに壊滅状態に追い込まれてしまったのだ。
「せめてどちらかが素直になれば、被害もなかったはずよ?」
「いででででで!」
唇に『だけ』微笑を浮かべたふみこに、思いきり頬をつねられ光太郎が悲鳴を上げた。
「全く…」
「…ふみこたん…?」
憎たらしい程に若い頬を抓るだけ抓ると、ふみこは軽く溜め息を一つ零してから、光太郎の隣に腰を下ろす。
「わッ!…えーと…ふみこたん、これ…」
「何よ。気にいらないの?」
「…そう言う訳じゃねぇけど…」
恥ずかしい上にこそばゆい。
はっきり言ったら殺されそうだからとっさに口篭もったが、光太郎は自分の置かれている状況に顔を赤くせざるを得ない。
「お姉さんの膝まくらは嫌いかしら」
「………」
からかいを含んだ言い方をするふみこを顔を赤くしてにらんでも、全く効果はない。
何かを言い返したいところだが適当な言葉が見つからず、仕方無しに光太郎はふみこの膝に頭を預けたまま目を閉じた。
「…素直でよろしい」
くくっと喉の奥で笑いながらふみこに髪を撫で梳かれても、魔女の性格を掴みかけた光太郎は取立て抵抗をしなかった。
…下手に反応すればした分だけ、ふみこはびっちりと手痛い言葉を浴びせてくる。
ならば魔女の気の済むようにさせた方が、光太郎にとっては得策なのだ。
だが一応、というかやはりというか、言うべきことは口にする。
「何か用があったから俺を呼んだんじゃねぇのかよ…」
…白く細い指先が、そっと柔らかく自分の頭を撫でていく感覚に、ついつい眠気を誘われながらそう言えば。
「ちゃんと用事はあったわよ。
今夜の夜会で私をエスコートさせようと思ったのだけれど…でも今回は止めておきましょう。
それに小夜も一緒に連れて行こうと考えていたけど、あの子のフォローに回れる金が帰ってしまったのなら、それも宛が外れてしまったし」
その為に火傷をした大きな坊やをまた呼び出すほど、私は酷い性格じゃないわ。
「……そっか……」
最後の言葉は音としてふみこの唇からこぼれることはなかったが、うっすらと開かれていた光太郎の瞳は、いつになく柔らかい表情で自分を見ているふみこを捕らえていた。
「だから光太郎。エスコートのかわりに、しばらくこうしておとなしく、恋人のように私の膝枕で休みなさい。
…そうしたら、調理場のことは許してあげるわ」
「おとなしくって言ってもよ…」
気を抜くと何をされるか判ったものではないだけに、どうしても光太郎の身体がこわばってしまう。
「失礼ね少年。こんな状況で淑女が手を出す訳がないでしょう。
全く…人を色狂いか何かみたいに言わないで頂戴。でもあなたが襲って欲しいと願うのなら、お姉さんはそれに応えてあげてよ?」
「…遠慮する」
完全に瞳を閉じていても、過ぎるほどにからかわれているのを感じ取って、光太郎はすぐにそれを辞退する。
そんな態度に込み上げる笑いを隠すこともなく、ふみこは改めて光太郎の頭を自分の膝枕に乗せて髪を梳く。
「たまにはこういうのもいいわね…」
少年が軽く寝息を立て始めた辺りから、ふみこは異国の言葉で語るように静かに何かを歌い始めた。
その表情は、普段の魔女からは一番縁が遠いと思われる、全ての女性が本来持ち合わせている本能の証。
「たまには、ね…」
それは、母性という名の表情。