式神使い達の円舞 07
◆H&K探偵事務所・日向と金
「ん…?」
ふみこと別れ、雑用をこなしてから事務所に戻った日向だったが。
「随分とお早いお帰りだな」
事務所の窓から差し込む沈みかけた太陽の光の中に、ぽつんと佇む金の姿を見つけて少しだけ驚いた。
「あ、お帰りなサイ」
「…手、どうした?」
「エト…」
しかしすぐに金の両手に巻かれた痛い程に白い包帯が目に止まり、足早に近づきその手を取る。
「火傷…?」
「たいしたコトはナイのですが」
よく知った、鼻につく薬品の匂いに怪訝な表情を見せる日向に、あくまでたいした事はないのだと断った上で、金は事のいきさつを語って聞かせた。
「アンタはいつも何かしら、あいつらからとばっちりを食うんだな」
「でも二人とも、悪気があったワケではナイですし」
「そういう問題じゃないだろう…」
けろっとした顔で切り替えされ、しかも逆に日向を宥め励ますような、そんな金の姿に余計に日向の怪訝な表情はひどくなる。
「…そんな顔、しないで下さい…」
だがしかし、それでも金を困らせたい訳では決してない。
ただ本当に、これで良かったのだろうかとは考えてしまう。
「聞くがアンタ…無理をしていないか」
「無理とは?」
「実は疲れていたりとか、意にそぐわない事があったりとか、していないか?」
本当は日向には、小夜の件を金に任せるのに少しだけ躇いがあったのだ。
…小夜が今住まいを間借りしているのは、あのふみこの屋敷の一部屋で。
決して金を見ようとはしない、そのくせ必要以上に手を差し出すあの魔女のところ。
「あの子の元へ通うより、彼女にここへ通ってもらった方がお前さんにはいいんじゃないかと…」
「日向サン…」
言葉につまる金の身体をそっと抱き締めて、ゆっくりと背中を撫で擦する。
「家庭教師の仕事を斡旋した、俺が言うべきことじゃないと思うんだが。
…無理はするな。我慢もするな。もし何かあったというのなら、下手に遠慮なんかしないで、すぐに俺に相談するんだ」
「日向サン…」
いつもと違い、甘い匂いを身にまとった金を抱き締めて。
そうして日向は、さきほどまで一緒にいたふみこから頼まれた、金への贈り物を差し出した。
「ほらよ」
「…?どうしたのですか、これ」
「魔女からの預かり物だ。お前さんに渡してくれとさ」
「……?」
そう言う日向に手渡されたのは、小さな月刊誌ほどの大きさの薄い箱。
綺麗に包装されている割りには、中身は相当に軽い。
「……」
それに、ふみこから何かを送られる覚えのない金は、日向からそれを受け取ったものの、今一つ意図が掴めず彼の腕に抱かれたまま、困ったように日向とそれを見比べている。
「どうした」
「アノ…私には、ふみこサンから何かをいただく、その理由が思いあたりまセン」
「……」
ふみこに頼まれた時点で、金がこう言うだろうとは日向は予想していたのだが。
「お前さんは、それだけの事をしてるんだよ」
「そんな事を言われても…わかりまセン」
どうすれば良いのかと眼差しだけで金に訴えられて、日向はこの状況を見越した上で自分にこの役をふったふみこに、少しだけ腹を立てた。
『一つ聞かせて。…あなたはどうして、小夜の家庭教師にあの大きな坊やを推したの?』
『それは俺の質問だ。あの子の家庭教師を見繕えといわれて、俺が金を推すことはあんたには判っていたはずだ。
…なのに何故、最初から直接金に言わずに、わざわざ俺を通すようなまどろっこしい真似をする?』
自分に答えを求める金を腕に抱き締めたまま、日向の脳裏には先ほどまで魔女と交わしていた会話が甦る。
『ふふ…結局考えることは同じなら、より効率がいい方を選ぶ。それだけよ』
『…金を利用する為にか』
『あなただって、金の為に小夜を利用しているくせに。私のことを言えないでしょ』
まるで恋人同士のように顔を寄せ合い、そのくせ囁かれる言葉には互いを射殺しそうな程に刺を含ませる。
『金が私の頼みを断れる訳がないでしょう。いつだってあの大きな坊やは、私の頼みは無理でも受けようとしてくれるんだから。
でもね、あなたを通してなら、彼は自分で考えて返事を出せる。この件に関して私は、金に自主的に受けて欲しかったの』
それはあなただってそうでしょう?
最後に声なくそう問われて、日向は呆れて肩をすくめる事しか出来なかった。
「日向サン…」
「ん?」
「これ…やはり私受け取れまセン」
包帯が巻かれた両手でそっと受け取っていた箱を日向に差し出し、金が相変わらず困惑を隠さずそう言った。
「理由は聞かされていないが、これは多分お前さんに魔女なりの、小夜ちゃんへの家庭教師代のつもりだろう。もらっておけ」
多分もなにも、そう言って渡されたのだから間違いはない。
ただ…その事をふみこから口止めされているから言わないだけで。
しかしそれでも金は首を横に振る。
「家庭教師代だと言うなら、私は余計戴けナイです」
「……」
「日向サンや、ふみこサン、コータローさんに頼むと言われて。
そして当の小夜サン本人からも頼まれて。確かに私は家庭教師を引き受けましたが、その件でお礼を言うべきは私の方なのです」
「……」
「私が皆サンに頼む言われることが、どれだけ私にとって励みになっているか。
小夜サンへ何かを教え伝えると言うことが、今の私にとってどれほど生きる糧になっていることか」
「……」
復讐以外で自分が生きる道を持てた、そのことが。
「だから…お礼をすべきなのは、私の方なのです…」
今の金にとって、言葉に尽くせぬほどの支えになっていた。