豊徳園おとぎ村

権現山とお坊さん

     第1話   夕暮れ

 山あいの日ぐれは、いきなりやってくる。

先ほどまでは鳥のさえずりが聞こえていたのに、

いつの間にかしずかになった。

あかね色だった空もうすずみ色にそまりはじめた。

まわりの畑にはもう人かげはない。

村のあちこちの家には明かりがともりはじめた。

「今日はこのへんでおわりにするか。」

甚平さんも、畑しごとをやめることにし,おおきく背伸びをした。

「おーい、太郎。もどってこいや。」

ひたいのあせをふきふき、あいぼうの犬をよびもどすと、

甚平さんはかえりじたくをはじめた。

甚平さんは、村の中でも評判のはたらきものだった。

しかし、はたらいてもはたらいても、くらしはまずしかった。

まずしいくらしでは、なかなか嫁にきてくれるものもいなかった。

家にもどれば、年老いた母おやがゆうげのしたくをしてまっている。


甚平さんは、くわやかまなど畑しごとの道具をまとめると、

「よっこらしょっと。」

と、かつぎあげた。

すると、もう暗くなりはじめたむこうの林のほうから、

白いものがふらりふらりと近づいてくる。

しばらくすると、それはお坊さんであることがわかった。

しかも、目の不自由なお坊さんらしく、杖で足もとをたしかめながら、

ゆっくりと歩いている。

その用心深い歩き方から、甚平さんはこの近くのお坊さんではないことが

すぐにわかった。

甚平さんはお坊さんに近寄っていき、

「お坊さん。どうなさったんですか。道にお迷いかの。」

と、たずねた。

するとお坊さんは

「どうやらそうらしいな。馬にのせてもらったのはいいんじゃが、

おろしてもらったところが、どうもまちがっていたらしい。

いやいや、楽をしようとしてばちがあたったんじゃ。」

と、のんきなことをいっている。

「どこまでお帰りになるんですかい。」

「吹野ヶ原(ふきのがはら)までじゃが。」

甚平さんはおどろいた。

吹野ヶ原といえばとなり村。

となり村といっても、権現山(ごんげんやま)といって、

このあたりではいちばん高い山をこえなければならない。

「お坊さん、そりゃあ大変だ。もう日がくれかかっている。

今から吹野ヶ原までいくには、わしらの足で歩いても夜なかまでに

つけるかどうかわからん。

ましてや、お坊さんのお年で、ご無礼ながらお目もわるいとくれば、

夜明けまでかかる。

今夜はうちにお泊りになるがいい。

ちっぽけな家じゃが、お坊さんのねるくらいの場所はある。

なあ、太郎。」

甚平さんは、犬の頭をなでながらいった。

「ありがとう、ありがとう。

せっかくのご親切じゃが、

どうしてもあしたまでに帰らなきゃならん用事があってな。

すまんけど、おおよその道じゅんをおしえてもらえんかのう。

あしたの朝までにつけばいいんじゃから、ぼちぼちと歩いてみるで。」

あいかわらずお坊さんはのんきである。

「お坊さん、そりゃあむちゃだ。

吹野ヶ原にいくには権現山の峠をこえなきゃならん。

それがまた、道かがけかわからんような道じゃからの。」

甚平さんは、吹野ヶ原への道のけわしいことを話したが、

お坊さんはいっこうに気にするようすはない。

とうとう甚平さんは、

「お坊さん、わかったよ。

それじゃあ、わしがいっしょにいって道案内をしてあげよう。

お坊さんひとりでいかせるわけにはいかねえよ。

ばあさんにちょっとこのこと話して、それに灯りと食いものもってくるから。

ちょっと、そこで待っててくれ。」

そういうと甚平さんは太郎といっしょに家の方へ走った。


      (つづく  次回をお楽しみに



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