豊徳園おとぎ村
第2話 岩場越え
やがて甚平さんはたいまつを手にし、
弁当らしきものを背負ってやってきた。
太郎もいっしょだ。
「さあ、お坊さん行くよ。」
二人と一匹は、細い山道を権現山の方向へ登りはじめた。
もうすっかり日は暮れて、木立の間をたいまつの光だけが見えかくれしている。
しばらくはなだらかなふもとの道を歩いたが、甚平さんの言った通り、
だんだんとけわしい坂道になってきた。
甚平さんは目の見えないお坊さんの方へたいまつをかざして、
「足元に気をつけてくださいよ。」
するとお坊さんは
「わたしは目がみえないのだから灯りはいらないよ。
あんたの足音を聞いていれば十分じゃよ。
それよりも、あんたこそ足元よく見ておくれ。」
そう言いながら、お坊さんはぴったりと甚平さんの後ろについて歩いた。
太郎はというと、お坊さんを守るように、
お坊さんの後ろについたり前についたりして歩く。
ひどい道が続くので、ゆだんはできない。
みんなだまったまま歩いた。
しばらくすると、岩はだが斜めにむき出しになった道にさしかかった。
「ここの岩場はくずれやすいので気をつけてくださいよ。
うっかりすると石ころといっしょに山の下まで落ちて、
そのままあの世行きじゃ。」
甚平さんはそう言うと、たいまつを背負うように背中に結びつけ、
四つんばいになって歩き出した。
お坊さんも足をすべらさないよう、四つんばいになって歩いた。
もともと四つんばいの太郎は、さすがにこのような場所は得意だ。
安全な場所を確かめるように甚平さんよりも前に出て、
しっぽを振りながら歩いた。
もう少しで岩場を渡り終えようとしたときである。
お坊さんが大声で叫んだ。
「危ないッ。岩だ。岩が落ちてくる。」
お坊さんが叫んだのとほとんど同時に、甚平さん達の上の方にある大きな岩が、
ごろりと動いた。
そしてその大岩は、まわりの小岩をけちらし、またまきあげながら、
ごろりごろりところげ落ちはじめた。
くらやみの中で目には見えないが、
その地響きでどれだけ大きな岩が落ちてきているのか、
甚平さんたちにはよくわかる。
しかし、この足場の悪いところでは、逃げようにも身動きがとれない。
甚平さんは金縛り(かなしばり)にあったように斜めの地面にへばりついた。
「もう終わりじゃ。なんまいだ。なんまいだ。」
甚平さんは目をつぶってした。
その時である。
四つんばいになっていたお坊さんがとつぜん仁王(におう)立ちになり、
大岩が転がってくる方向に向かって杖を指し向け、
「か―ッ」と叫んだ。
するとどうだろう。ごーごーところがり落ちてきたあの大岩が、
お坊さんの指し向けた杖の手前で、ぴたりと止まった。
「よかったのう。助かったようじゃ。
さあ、甚平さん、行きましょう。」
そう言うと、お坊さんはまた四つんばいになり、甚平さんの後ろについた。
甚平さんは何が何だかわからなっかたが、お坊さんにせかされるようにして、
また四つんばいで歩きはじめた。
危ない目にあった岩場を通りすぎたところで、
甚平さんはお坊さんに問いかけた。
「お坊さん。あなたはふしぎなお方じゃの。
この暗やみの中でなぜ大岩の転げおちるのがわかったですかの。」
するとお坊さんは答えた。
「いやいや。わしは目が悪い分だけ、人様より耳がいいんじゃろう。
その分、どんな小さな音でも聞こえるんじゃよ。
小さな石がいくつもころころ転げおちる音が聞こえたので、
こりゃ危ないと思ったんじゃ。」
甚平さんは、さらに聞いた。
「じゃあ、お坊さん。
あの大岩を一声で止めてしまわれたが、あのお力はいったいなんなんじゃ。
あれこそ、ふしぎなお力じゃが。」
「いやいや。あれは偶然(ぐうぜん)じゃよ。
おおかたあそこに大きなくぼみか木の根っこでもあったんじゃろう。
それにはまりこんでとまったのじゃろう。」
お坊さんはなんでもないよといわんばかりの顔でそう答えて笑った。
甚平さんは納得(なっとく)できなかった。
「こりゃただのお坊さんじゃないぞ。よっぽどえらいお坊さんかもしれん。」
と思ったり
「いや待てよ。何かの化け物かもしれんぞ。」
と思ったりして、背すじがぞくぞくとした。
でも、お坊さんに気づかれないようにと平気をよそおった。
(つづく 次回をお楽しみに)
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