豊徳園おとぎ村

権現山とお坊さん

     第5話  夜明け

さて、それから後のことをちょっと足早に話しておこう。

甚平さんはお坊さんに言われたとおり、

わけのわからないままその日から百八十一日を数えた。

ひと夏とひと冬が過ぎ、翌年の春が近くなった頃、やがてその日の朝がきた。

甚平さんは太郎を連れて近くの丘に登り、朝日が昇るのを待った。

夜明け前は一番冷える時である。甚平さんと太郎は抱き合うようにして待った。

やがて霧が晴れ、一筋の朝日が斜めに村を射しはじめた。

甚平さんは朝日が最初にどこを照らすか目をこらした。

ところが、最初に朝日が照らした場所はまだ手をいれていない、

それはそれは荒れ果てたやぶだった。

それでも甚平さんはお坊さんにいわれたとおり、

そのやぶを手に入れ、せっせと耕した。

おおきな石や木の根っこをとりのぞいたり、遠くから水路をひいたり、

それはそれはつらい日がたくさんあったが、

あの権現山でのお坊さんとの出来事を思いだすと、

なんでもできるような気がして、辛抱した。

何年かすると、そのやぶはりっぱな田畑になり、

そこで育てた米や野菜は、どういうわけか村中で評判になり、

やがてとなりの村や町にもうわさが伝わり、競うように売れていくのだった。

甚平さんはみるみるうちに豊かになったが、

それでも決してぜいたくはしなかった。

もうかったお金は、権現山を越える道を広くし、

岩場の道には隋洞(トンネル)をほり、

谷には大水で流れないような頑丈な橋をかけてほしいと村に寄付した。

甚平さんの寄付で、権現山の道は良くなり、

岩場には隋洞が、谷には頑丈な橋もかかった。

便利がよくなると、村にはますます多くの人が往来するようになった。

そうすると田や畑だけの仕事ではなく、村のまんなかに市場がたち、

さらにそれをとりかこむように、お店や宿屋などもできはじめ、

村はどんどん栄えた。

村人たちは「甚平さんのおかげじゃ。」と感謝し、

甚平さんを村の長におさめた。

村の長になった甚平さんはというと、

「いやいや、吹野ヶ原のお坊さんのおかげじゃ。」

と謙遜(けんそん)するのだった。

いつのまにかこの村では、みんなが顔を合わせると

「おかげさま。」

「おかげさまで。」

とあいさつするようになった。

          完

    お読みになったご感想をお寄せください。 



      ・このページのトップに戻る。

      ・第4話へ戻る。
  
      ・「権現山とお坊さん目次」へ戻る。

      ・「おとぎ村」トップに戻る。

      ・「豊徳園」トップページに戻る。