山口の伝説
生き物にまつわる話
白狐の湯(びゃっこのゆ) ―山口市―

         

  毎年五月になると、湯田(ゆだ 山口市湯田)で、温泉祭りが行われる。

このまつりには、「白狐おどり」など、白狐にまつわるもよおしがさかんに行われる

この話は、湯田温泉のおこりとして、いまに語りつがれるふしぎな話である。

  

今から五百年ほどむかしのことである。

湯田の近くに、権現山(ごんげんやま)とよばれる小さな山があった。

そのふもとに、ふかい木立(こだち)にかこまれた古いお寺があった。

  ある春の夜のことである。

だん家の法事にまねかれたおしょうさんは、ついつい引きとめられて

帰りがおそくなった。

その家を出たのは、だいぶ夜もふけたころであった。

ほろようかげんのいい気持ちであった。

あぜ道を通りすぎ、寺の境内(けいだい)にさしかかったときである。

しんとしずまりかえった境内のおくから、

ピチャピチャというみょうなもの音が聞こえてきた。

おどろいて耳をすますと、ピチャピチャという音が、

間をおいては聞こえてくる。

―いまごろ、なんの音じゃろう。

おしょうさんは、音のする方へ足音をしのばせていった。

池のそばまできて、ふっと足をとめた。

白キツネが一匹、月の光にてらされて、池に足をひたしていたのだ。

その白キツネは、ときおり水をかいては休み、水をかいては休みしている。

みょうなもの音は、この白キツネの水をかく音だったのだ。

なお、じっと見つめていると、人の気配(けはい)に気づいたのか、

すばやく池からはい上がって、あたりをきょろきょろ見まわした。

それから、後ろ足をかばうように、ぎこちない走り方で

権現山のしげみの方へ消えていった。

「はて、白キツネが、なぜこんな夜ふけに池の中にはいっているのじゃろう。」

おしょうさんはふしぎに思いながらも、その夜は、そのまま、寺に帰ってねてしまった。


  つぎの日の夜なか、ふと目をさますと、

また、あのピチャピチャという音が聞こえてきた。

さてはまたあの白キツネかと、おしょうさんはそっと起き出して、

月明かりの中を池にしのびよっていった。

やはり、きのうの白キツネであった。

白キツネは、ひとしきり池に足をひたすと、ぎこちないあの走り方で

権現山の方へさっていった。

  その次の晩も、またそのつぎの晩も同じようなことがくりかえされた。

七日目の晩がやってきた。

白キツネは、きまったように池に足をひたし、

きまったように権現山へ帰っていった。

ただちがうことがひとつあった。

それは、いつもと走る方がちがうことだった。

  つぎの日から白キツネは、姿を見せなくなった。

「さてさて、みょうなことがあるもんじゃ。どうして足がよくなったのじゃろう。」

おしょうさんは、ふしぎに思って池に足をひたした。

「やっ、水があたたまっておる。」

池の水が、ちょうどよいあたたかさになっていた。

においをかぐと、温泉のにおいがする。

「これでやっとわかった。

あの白キツネ、いたむ足をひたしにここへやってきていたのじゃな。」

おしょうさんは、さっそく里の村の人たちにこのこを話し、池の近くをほらせてみた。

すると、思ったとおり、熱い湯がこんこんとわいてきた。

「湯だあ。湯が出たぞうっ。」

村人たちはよろこびの声をあげた。

ほりすすめる手にいっそう熱がこもった。

なおふかくほりさげていくと、くわの先に固いものがあたった。

ていねいに掘りだすと、どろまみれの仏像であった。

おしょうさんが、池の湯でていねいにどろをおとすと、

みごとな黄金の薬師如来(やくしにょらい)の像があらわれた。

村人たちはひざまずいて、薬師如来像をふしおがんだ。

    

  その後、薬師如来像は、温泉の守り本尊として、

池のほとりにたてられた堂におさめられた。

この仏像をおがんで湯に入ると、どんな難病もたちどころになおるといわれ、

湯に入りにくる人が後をたたなかったという。

その後、だれいうとなく、「白狐の湯(びゃっこのゆ)」とよばれるようになり、

いまに語りつがれている。

        文:藤原宏堂    絵:土肥一郎


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