山口の伝説
生き物にまつわる話
えんこうと杉の木(えんこうとすぎのき)―山口市徳地―
佐波川上流の柚野、柚木あたりの話である。
このあたりでは、大きな杉の木が茂っている風景をよく見かける。
さて、昔、佐波川にも「えんこう」がいて、泳ぎに行くと、足を引っぱるといって、
子どもたちはとても恐れていました。
ある夏の日のことでした。
朝から雲ひとつない良い天気で、ギラギラと焼けつくような太陽がようしゃなく照っていました。
するどい光にあてられて、草もきもすっかり元気をなくしていましたが、山あいのけい流れでは、
子どもたちの楽しそうにはずんだ声が、こだましてははねかえっていました。
さすがに暑い日も、太陽がかたむくころになると、涼しい風が木々の間を優しくわたってきま
した。
「ジィージィー」「ミーンミーン」と聞こえていたせみの声が、いつの間にか「カナカナ」という声に
変わり、あたりはすっかり静まりかえってきました。
まもなくひとりの百姓が馬をひいて「淵」へやってきました。
汗とほこりにまみれた馬を、冷たい川の水につけ、百姓はやさしく馬の背中を洗ってやりました。
馬は気もちよさそうに目を細め、緑の葉が鳴る風の音と、馬を洗う水の音だけが響いていました。
突然、その静けさを破って、一匹のえんこうが淵の水面に姿を現しました。
と見る間に馬のしっぽにつかまり、長くのびる手を馬のおしりから突っ込んで、生き肝をとろうとし
たのです。
馬は驚いて、前足を高くあげていななくやら、身ぶるいをするやら大あばれをはじめ、えんこうを
しっぽにぶらさげたまま、たいへんな勢いで走り出し、お寺の境内にかけこみました。
さわぎにおどろいてお坊さんが庭に出てみると、あばれまわっている馬のしっぽに、必死にし
がみついているえんこうが、「オンオン」泣いているではありませんか。
ほどなく、馬も疲れたとみえておとなしくなりました。
お坊さんはえんこうに向かって重々しくいいました。
「おまえは人間を困らせるような悪いことばかりしている。重いおしおきをしなければ。」
すると、えんこうは泣きべそをかきながらいやいやをしました。
「今日は許してやろう。そのかわり、川辺りに杉を植えること。
その杉がある間は決して悪いことをしてはならない。
もしも今度、人間を困らせるようなことをしたら、ただではすまさんぞ。」
と、おどすようにお坊さんはいいました。
えんこうは、首を何度も下げて、うれしそうに川へ帰っていきました。
次の日、朝早くから、えんこうは一生けんめい川辺りに杉を植えました。
それからというもの、えんこうは人間の前に出ることもなくなり、だんだんと忘れられていきまし
た。
しかし、えんこうがお坊さんと約束を守って植えた杉の木は、どんどん大きくなりました。
そして、大雨で洪水が出たとき、護岸の役目をし、村を救ってくれました。
お坊さんは、ちゃんと村の将来のことを考えていたのでしょう。
おわり
「徳地の昔ばなし」(徳地町教育委員会編集 平成3年発行)より引用
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