山口の伝説
生き物のお話シリーズ
岩国の白へび
〜岩国〜


 今から二百四十年ほど前、今津の浦(いまづのうら:岩国市今津)に、

平太(へいた)というはたらきもに者の漁師(りょうし)が住んでいた。

若者は、まずしいながらも、母親としあわせにくらしていた。

 そのころ、周防の地(すおうのち:山口県の東部)に、ほうそう(天然痘)がはやった。

平太の母親もその病気にかかった。

病気は日に日に重くなっていった。

高い熱がつづき、頭や腰がわれんばかりにいたんだ。

平太は苦しがる母親を見るに見かねて、よい薬をもとめて野山を毎日さがしまわった。

 ある日、平太は、村の老人から、ほうそうによくきく薬草が

千石原(せんごくばら:岩国市横山)にあるという話を聞きこんだ。

平太がよろこんだのは、いうまでもない。

 千石原に着いた平太は、あちらの竹やぶ、こちらの草むらと、

ひっしにさがしまわった。

しかし、薬草はどこにもみつからなかった。

とうとう、日も西の山にしずみはじめた。

「しかたがない。あしたまたさがしにくるとしよう。」

平太はとぼとぼと歩きはじめた。

千石原をぬけ、岩国の殿さま、吉川公(きっかわこう)のやしきの門の前にさしかかった。

ふと、なにげなしに松の木を見上げた。

おやっと思った。白くてほそ長いものが、松の木をのぼっている。

「何じゃろう。」

平太は、松の木に近づいてよく見た。

「ヘビじゃ。白ヘビじゃあ。」

平太はさけんだ。

長さ五尺(約1.5m)、胴まわり四寸(約12cm)もあろうかと思われる、大きな白ヘビだ。

月明かりにはえて、その目はもえるように赤い。

からだは、銀色にかがやいている。

はじめて見る白ヘビに、平太はそこの立ちすくんでしまった。

 一夜が明けた。

平太は、きのう見た白ヘビの美しさを忘れることができなかった。

そこで、村のものしりのところへかけつけ、ゆうべのことを話した。

この話は、すぐに村の人びとの間に伝わった。

蔵元(くらもと:役所のひとつ)へも聞こえた。

蔵元の役人たちは、

「そのようなめずらしいヘビなら、生けどって、殿さまにさしあげたらどうじゃろう。」

と、さっそく平太に案内させて、白ヘビがいたという松の木のところへ出かけていった。



 吉川公の門に近づいてくると、役人のひとりが、

「どの松じゃ、平太。」

と言った。

「はい、たしかにあの松だったと思います。」

「ふむ、あれか。」

役人たちは、平太の指さす松の木の近くまでいくと、それ以上は松に近よらなかった。

「平太。どこにいるか調べてみよ。」

蔵元の役人たちも、しろヘビを見るのは生まれてはじめてだから、こわくてたまらないのだ。

松の木をとりかこんで、見上げているばかりだ。

「あっ、いました、いました。お役人さま、あれでございます。」

平太の指の先をたどっていた役人たちは、ぎょっとしたように一点に目をすえた。

白ヘビは、松の上の方でじっとしていた。

ときどきかま首をみんなの方へむけるだけで、少しも動くようすはなかった。

やがて、役人たちは、手に手に木ぎれや竹ぎれを持ってきて、

白ヘビに投げつけはじめた。

けれども、どれもあたらない。

役人たちは、むきになってどんどん投げた。

ぐぐっと白ヘビが動いた。目がぴかりと稲光(いなびかり)のように光った。

空に黒雲が広がり、しのつくような雨が降りはじめた。

錦川(にしきがわ)はみるみるうちに水かさをまし、今にもあふれださんばかりになった。

「これはいかん。白ヘビのたたりじゃ。」

役人たちは、木切れや竹切れをほうり投げ、クモの子を散らすように逃げさった。

「城山の主かもしれないぞ、このヘビ。」

ひとりのこった平太は、そう思って、松の木によじのぼった。

ひっしの思いで白ヘビをつかむと、吉川公の門のそばに、そっとにがした。

「これでヘビをつかまえるものはいなくなるだろう。」

ほっとした平太は、こんどは病気の母が心配になって、

急いで家にもどろうとしたところ、錦川があふれくるっていて、

とてもわたれるものではない。

「こまったことじゃ。おっかあが待っているのに。」

とほうにくれていると、

「平太さん、平太さん。」

と、よぶ声がする。

ふり返ると、さっきの白ヘビが足もとにいた。

「あっ、おまえはさっきの―。」

白ヘビは、平太の横をするすると通りぬけると、そのまま錦川のだく流の中へ入っていった。

平太も、何かにつかれたように、白ヘビの後を追った。

すると、ふしぎなことがおこった。

白ヘビが錦川に入ると、錦川が、川のまん中でまっぷたつにわれたのだ。

それはちょうど、5尺(約1.5m)ばかりの小道のようになった。

小道は、今津(いまづ)の浜に向かって、ずうっとのびていた。

「ややっ、これはいったいどういうことじゃ。ふしぎなことがあるものだ。」

平太は、白ヘビについて川底の小道を、ずんずん歩いていって、

ぶじに今津の浜の家に帰りつくことができた。

        

「あるがたや、ありがたや。」

平太がふりかえると、錦川の小道はあとかたもなく消えて、

だく流れが音をたててながれていた。

 平太は、白ヘビをそっとだきあげると、ふところに入れて家につれ帰った。

その後、平太は、いっそう仕事にせいをだした。

くらしも楽になり、後に、浦庄屋(うらしょうや:今津の浦の長)にまでなったという。

 今津の地に住みついた白ヘビは、藩の米倉(こめぐら)を食い荒らすたくさんのネズミとって、

しだいに数もふえていったといわれる。

今も今津の寿橋(ことぶきばし)のそばの白蛇神社には、四季を通して白ヘビが見られ、

観光客や、お参りする人びとがあとをたたない。
  
               文:林 徳子   絵:土肥一郎


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