山口の伝説
生き物にまつわる話
白サルの湯
〜長門市〜



  俵山温泉(たわらやまおんせん:長門市)は、薬師如来の化身であるサルによって発見されたといわれている。

そのころ、全国でほうそう(天然痘)がはやったが、この温泉のおかげでたくさんの人びとがすくわれたという。

これは、その温泉にまつわる話である。

  俵山に、弘法大師(こうぼうだいし)が開いた能満寺(のうまんじ)という寺がある。

この寺の近くに、ひとりの漁師が住んでいた。

たおそう働きもので、毎日、朝はやくから夕方おそくまで鳥やけものをとってくらしをたてていた。

  きょうも、漁師は、朝早くから身じたくをととのえて、

「うんと、えものをとれるといいなあ。」

と、ひとりごとをいいながら、らように出かけた。

ところが、きょうにかぎって、ウサギ一匹とることができなかった。

日は西にかたむきかけている。

きょうはもうだめだと、あきらめかけて帰りかけたとき、目の前の木立に動くものがあった。

サルだ。しかも、白サルだ!

漁師は、胸をわくわくさせて、弓に矢をつがえた。

弓を大きくひ引きしぼるとひょうと放った。

たしかに手ごたえはあった。

が、おかしいことに、急所をはずしたとみえて、白サルは山おくにににげさってしまった。



  家に帰った漁師は、白サルのことが気になってしかたがなかった。

サルを射そんじて、しかえしをされた話をたくさん聞いていたからである。

しかも、きょうのサルは、ふつうのサルとちがう。

いかにも神通力があるような白サルである。

けがをしているにちがいないから、いまのうちに殺さないと、自分が殺されるかもしれない。

そう思うと、夜も安心してねむることができなかった。

  つぎの日から、漁師はどうにかして白サルを見つけだそうと、毎日、毎日、山をさがし歩いた。

それから十日ばかりたったある日、ようやく山深い谷で白サルを見つけた。

「こんどこそしくじっちゃなんねえぞ。」

漁師はやる気持ちをおさえて、ゆっくりと弓を引きしぼった。

ぴたりとねらいをさだめ、いまにも矢を放とうとして、漁師は弓をおろした。

白サルのみょうなしぐさが気になったのだ。

漁師は弓をおろしたまま、白サルのしぐさを追った。

どうやらしろサルは、きずついたところを谷の川の水であらっているらしい。

白サルは、なんどもなんども、谷川の水をすくっては、きず口をていねいにあらっているようである。

         

  漁師は、また弓をとりあげた。

この機会をのがしては、二度と白サルにめぐりあえないかもしれない。

漁師は力いっぱい弓を引きしぼって、矢を放った。

矢は、うなりをあげて飛んだ。

矢は、あやまたずに白サルののどにつきたったかに見えた。

が、矢はそのまま一直線に飛んで、いつの間にかたちこめはじめたきりの中にすいこまれていった。

白サルののすがたもきりの中にかくれて、どこにも見えなかった。

おどろいて目をこらすと、むらさき色の雲にのった薬師如来(やくしにょらい)が、ゆうゆうと山おくにさっていくのが見えた。

漁師は、思わずそこにひざまずき、両手を合わせておがんだ。

  やがて、ふらふらと立ちあがった漁師は、白サルのいた谷川におりていった。

谷川の水をすくってみると、お湯のようにあたたかい。

いったいどこから流れてくるのだろうかとさがしてみると、すぐそばの、大きい岩のわれ目からこんこんとわき出ているのだった。

漁師はその水を飲んでみた。

すると、からだじゅうに力がみなぎった。

それから漁師は、急いで山道をおりて、このことを能満寺のおしょうに話した。

おしょうは、

「まことにふしぎな話じゃのう。きっと、薬師如来さまが白サルのすがたにお変わりになって、湯のわき口を教えにきてくださったにちがいない。」

と、いった。

  その後、漁師は、生きものをころす仕事おつらく思うようになって、猟をぷっつりとやめた。

そして、湯のわき出る谷川のあたりを切り開き、湯場をつくって入湯に来る人の世話をしてくらしたという。

  このようにして、俵山温泉はつくられたということである。

薬師如来は、いまでも温泉の近くにまつられて、多くの人々の信心を集めている。

           文:福永孝子    絵:土肥一郎


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