山口の伝説
〜自然にまつわる話〜
水なし川(みずなしがわ)  山口市

  山口市の湯田温泉の西を流れている川を「吉敷川(よしきがわ)」という。

この川のことを「水なし川」ともよんでいる。


  今からおよそ千百年も前のことである。

ある夏のあつい昼さがり、一本の杖をついた、みすぼらしいおぼうさんが、

どこからともなくやってきて、この吉敷川の川辺に足を止めた。

「ああ、いい風がふいてくる。生き返ったようじゃ。」

と、気もちよさそうにつぶやいて、そよふく風をこのうえなく楽しむように立っていた。

  ふと、お坊さんは、川岸で、せっせと洗濯をしているおばあさんを見つけて、

その方へ歩いていった。

「おばあさん、まことにすみませんが、水をいっぱいもらえまいか。」

と、声をかけた。

おばあさんは、びっくりしたようにふりむいたが、お坊さんのみなりをみると、

怒った顔をして、返事もせず、また、洗濯を続けた。

お坊さんは、前よりももっとていねいに水をくれるようにたのんだ。

するとおばあさんは、立ち上がって、お坊さんを見上げて、

「うるさいな。わしはいそがしいのだよ。

お前みたいなこじき坊主の相手になっておれん。

飲みたかったら、かってに飲んで、さっさと行っておしまい。」

と、さも、憎らしげに言って、また、もとのように洗濯を続けた。

旅のお坊さんは、

「おばあさん、おじゃましたね。」

と、さびしそうに、水も飲まず、すたすたと立ち去っていってしまった。

 
  その年は、いつになっても雨が降らず、

秋が近づくころには吉敷川の水はだんだん少なくなっていった。

しかし、吉敷川の上流の方では水水がかなりあっても、

ふしぎなことに、おばあさんが洗濯をしていたあたりまでくると、

まるで水がなくなってしまうのである。

そして、ここから八百メートルばかり下流になると、

また、水がどこからともなくわき出て、流れはじめるのである。


  そのうち、だれ言うともなく、

「いっぱいの水ももらえなかった旅のお坊さんは、

弘法大師(こぷぼうだいし)であったにちがいない。

おばあさんの悪い心をこらしめるため、水の流れを止められたのだろう。」

と、旅のお坊さんとおばあさんのことをうわさするようになったということである。

  それからは、吉敷の人は、吉敷に来るどんな人にも親切にしなくてはと、

おたがいにいましめあったという。

  それからわ、吉敷川を「水なし川」ともいうようになったという。

  おわり
                   文:田中 行成




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