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 第三回    有料老人ホーム事業の特殊性

 

労働市場等の経営環境の大きな変化に対して、事業者は有効な経営改善の手を打てないでいる。有料老人ホーム契約の特殊性から価格やサービスの変更が難しいからだ。

高齢者や家族が、有料老人ホーム等の高齢者住宅への入居を検討するのは、快適な生活を送るということだけではない。どちらかと言えば、現在の生活ではなく『将来、重度の介護が必要となっても生活できる』『これ以上転居する必要がないように』という将来の安心ニーズの方が高い。そのため、これら有料老人ホームの入居契約は、1年、2年といった定期・短期的なものではなく、『お亡くなりになるまで』という意味の終身契約をイメージしたものが中心となっている。

この終身契約だが、生命保険などの金融商品には一部見られるものの、売買契約やサービス提供契約が終身続くようなものは、有料老人ホーム以外に見当たらない。契約者双方にとってリスクの高い契約となるからだ。

本来、契約は経営環境が変化すれば、それに合わせてサービス内容や価格設定は見直される。小麦の値段が上がれば食パンは高くなり、ガソリンの高騰は、すべての流通商品の価格に影響する。『十年来のお付き合い』といった業者間の継続的な契約でも、この社会情勢や経営環境に変化に対応するために、契約期間は1年〜2年で、内容は定期的に見直しが行われるのが一般的だ。

これに対し、有料老人ホームの場合は、終身契約が前提となっているため、事業者の判断だけで、価格やサービス内容を簡単に変更することはできない。契約期間中(入居期間中)に、契約内容を変更する場合、入居者や保証人に十分説明し、その理解を得ることが必要になる。70歳の女性が入居する場合、平均余命から勘案すると、入居期間、つまり一定の契約内容が継続する期間は18年を越えることになる。

ここに、有料老人ホーム事業の類例のない難しさがある。価格・サービス内容の変更が難しい一方で、有料老人ホームの『経営環境の変化』は他の事業とは比較にならないほど大きいからだ。

一つは関連制度の変化だ。

高齢者住宅・高齢者介護・高齢者医療などの諸制度は固まっておらず未だ流動的だ。今後も独居・高齢世帯、重度要介護高齢者は増加に比例して、介護保険の利用は増え続ける。事業者の経営が安定するだけの報酬アップが可能か否かは、現在の行財政の状況や後期高齢者制度などの方向性を見れば言うまでもない。制度や介護報酬の改定は、事業経営に大きな影響を与えるが、これらの変更によって収支が悪化しても、基本は民間事業であり、その責任は事業者にある。行政責任で、すべての事業所の経営が成り立つように配慮してくれるほど、国は裕福ではない。

入居者のニーズも変化する。高齢者の最大の特性は加齢によって、身体機能が短期間に大きく変化するということにある。軽度要介護の高齢者も中度、重度要介護状態となる。一人で歩いていた入居者も、車椅子が必要となり寝たきりとなる。それは、個々の入居者の変化だけでなく、全体の入居者の要介護度割合が変化するということでもある。

それはサービス量の増加のみではない。これまで高齢者は、どちらかと言えば、『老いては子に従え』『楽隠居』と、喜怒哀楽を表すことが少ない『枯れていく』という高齢者のイメージが強かったが、最近は年をとっても、介護が必要になっても、自分らしく生活したいと考えている人は多い。福祉施設ではなく、より高いサービスを求めて民間の有料老人ホームを選んでいるという権利意識も高く、求められるサービスは多様化している。

事業に大きな影響を与える諸制度は未だ流動的であり、労働市場などの社会情勢は大きく変動し、求められるサービス内容・量は変わっていく。有料老人ホームは、その変化への対応力が重要となるのだが、逆にその価格・サービス内容は、終身契約という非常に変化に対応しにくいという非常に難しい、特殊な事業なのだ。

現状を見る限り、この終身契約という特殊なリスクは、すべて事業者にかかっている。実際、これらの変化に対応できず、経営が逼迫し、価格改定を検討している事業者は多く、価格改定・サービス改定のトラブルは増えている。

以前、広島の有料老人ホームでは、管理費等の一気に5万円〜7万円引き上げるとの通知を行い入居者から猛反発を受けているという報道がなされ、県も動き出す大きな騒ぎとなった。当然、低価格の有料老人ホームほど、その傾向は高くなる。しかし、低価格をセールスポイントとして入居者募集を行った後で、大幅な価格改定が行われると、退居を余儀なくされるケースも出てくるため、トラブルはより大きくなる。

私は、低価格の有料老人ホーム全てがダメだと言いたい訳ではない。しかし、事業ノウハウが乏しく、実績値が乏しい事業で、低価格でも利益がでるように収支シミュレーションされているということは、これらの事業の特殊性からくるリスク検討やリスクヘッジが行われていないということの裏返しでもある。

介護保険制度以降に開設された有料老人ホームの多くは、行き詰るべくして行き詰っていると言えるのだ。

ここからは、多くの有料老人ホームで、直面するいくつかの課題について見ていこう。

 

 

 T  O  P