第四回 有料老人ホームの直面する課題
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寄せられる高齢者住宅の開設相談の中で最も多いものは、『特別養護老人ホームの待機者をターゲットとしたい』というものだ。『特養ホームは重度要介護高齢者優先なので要介護1〜2程度の軽度要介護高齢者を対象としたい』『価格は15万円〜17万円程度にしたい』と言うものだ。
確かに、特別養護老人ホームの入所を待っている高齢者は、一つの特養ホームで100名を超え、全国では延べ40万人を超えるとも言われている。自宅で生活することができない高齢者は増え続けるが、財政難から一部の都市を除き、これ以上特別養護老人ホームが増える可能性は少ない。
実際、このような『新型特養ホームモデル』と言うべきコンセプトで作られた有料老人ホームは多い。中間層を対象とした高齢者住宅事業の需要は高く、事業成功のポイントをついているかのように見える。しかし、『需要がある』ということと、『事業性・事業継続性がある』ということは別だ。事業性という視点で見ると、様々な課題が見えてくる。
一つの問題は、要介護度の重度化への対応力だ。
介護サービス事業は、純粋な労務集約的事業であり、一人のスタッフができる介護サービス量は限られている。ベテランだからと言って、一人で10台の車椅子を同時に押せるわけではない。介護付有料老人ホームで、一定量の介護サービスを提供するためには、それに対応する介護スタッフが必要で、手厚い介護サービスを提供するためには、手厚い介護スタッフの配置が必要となる。
月額費用を低価格に抑えた介護付有料老人ホームの計画は、手厚い介護サービスではなく、特定施設入居者生活介護の指定基準に近い最低限のスタッフ配置でサービス提供を行うということになる。この基準は、要介護状態の入居者3名に対して1名の介護看護スタッフ(これを【3:1配置】という)となっており、特別養護老人ホームの介護看護スタッフ配置と同じだ。60名の要介護状態の高齢者がいる場合、常勤換算で20人の介護看護スタッフがサービス提供を行う。
この介護付有料老人ホームの介護システムの特徴は、総介護力のシェアにある。図のように、介護看護スタッフ数が一定だということは、総介護力は一定であり、これを各入居者の要介護度に合わせて分割(シェア)してサービスが提供されている。
軽度要介護高齢者が多い介護付有料老人ホームの場合、全体のケアプランを合わせた総介護必要量は、提供される総介護力よりも低くなる。つまり、個々の入居者に対して十分な介護サービスを提供することが可能だ。
しかし、入居者は軽度要介護状態で入居しても、加齢によって、要介護度は重度化する。重度要介護高齢者が多くなった場合、総介護力以上の介護サービスが必要となるため、サービス提供が難しくなる。当然、『重度要介護状態になっても安心なように』入居するので、『重度要介護状態になれば退居してもらう』ということはできない。
『特別養護老人ホーム程度のサービス提供は可能だ』と考えるのは間違っている。これまでの特別養護老人ホームは4人部屋などの複数人部屋が多く、集団的・効率的に介護サービスを提供することが可能だった。しかし、有料老人ホームは全室個室であり、介護サービス提供の効率性は格段に落ちる。そのため全室個室の新型特別養護老人ホームでは、要介護状態の入居者2名に対して1名の介護看護スタッフ(【2:1配置】)程度まで介護看護スタッフ数を増やしてサービス提供している。特定施設入居者生活介護の基準配置程度では、重度要介護高齢者が増えてきた場合、最低限のサービス提供すらできなくなるのだ。
これは、介護付有料老人ホームのスタッフ不足にも大きく影響する。
介護サービス業界がスタッフ不足に陥っている最大の理由は、離職率の高さにある。財団法人介護労働安定センターが発表した平成18年度の介護労働実態調査によると、介護業界全体で見ると離職率は、20.3%と全産業の17.5%を上回っている。離職者の勤務年数を見ると、一年未満は42.5%、一年以上三年未満が38.3%となっており、離職者の8割が3年以内に退職するという結果がでている。
この短期間での離職率の高さは、介護付有料老人ホームでは更に深刻だ。特定施設入居者生活介護だけを見ると、離職率は38.2%、一年未満の離職が65.5%と介護サービス全体の中でも郡を抜いて高くなっており、離職者の2/3が一年未満で退職している。これは、4人のスタッフを雇用しても、1人は一年以内で退職しているということになる。
確かに、介護という仕事は身体的にも精神的にも大変な仕事であり、介護報酬が低く抑えられているために賃金が安いということが原因の一つだということは間違いない。しかし『事務員で採用されたのに介護の仕事に回された』『示された賃金よりも安い』というのなら話は別だが『高齢者介護の仕事につきたい』と意欲を持って始めたにもかかわらず、まだ仕事にも慣れていない中で多くの人がやめてしまうのは、他に別の理由が考えられる。
それは、教育・研修不足だ。実際の介護付有料老人ホームの勤務内容を考えると、新人スタッフは、入職から3ヶ月程度は一人分のスタッフとしてカウントすることはできない。特に、最初の1ヶ月は、入居者の顔や名前、特徴を覚えるだけで終わる。要介護高齢者に対する介護の失敗はその人に命に関わる可能性があるため、入居者一人一人の状態や病歴等、注意しなければならないポイントはそれぞれに違う。これは介護の未経験者でも経験者でも同じだ。
OJTが基本となるにしても、最初の半年程度は、指導係のサポートが不可欠であり、新人スタッフが入ってくると、ベテランスタッフも通常業務以外に指導に時間をとられることになる。新人研修期間はホーム全体としても介護力は低下するということを前提に勤務を組み立てなければならず、そのためには、1割〜2割程度のスタッフを多く確保しておかなければならない。
しかし、低価格に抑えた基準程度のスタッフ配置の介護付有料老人ホームでは、収支の余力がないため、スタッフを多く抱えることはできない。加えて業務に追われるため、十分な研修や教育が行われないまま、一人分として通常勤務を担うことになる。中には、最初の月から夜勤等に組み込まれるというケースもあるようだが、最初から、できないことを押し付けるため『こんな大変な仕事だとは思わなかった』ということになってしまうのだ。
少子化によって、介護スタッフの確保はますます難しくなる。介護報酬の大幅アップは難しいため、給与を上げるためには管理費等の値上げが必要となるが、低価格をセールスポイントとしている場合、月額費用の大幅アップは、入居者や家族、そして地域の関連事業所からの反発・信頼低下につながる。
特別養護老人ホームは人気があると、『特養モデル』と言うべきコンセプトで作られた低価格の介護付有料老人ホームは、確かに需要はあるかもしれないが、実際の事業運営を踏まえた事業性という視点から見ると長期安定経営は難しいのだ。
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