第七回 長期入居リスクが高まる理由
この入居一時金経営には、必ず長期入居リスクが発生する。経営のポイントは、計画上、また実際の運営上、長期入居リスクがどの程度まで検討・ヘッジされているのかということだ。それは、@対象となる入居者の平均余命と償却期間は合致しているか、Aどの程度まで長期入居となる高齢者を見積もっているのか、の2点に集約される。
まず、償却期間と入居者の平均余命の関係を見てみよう。
入居一時金の償却期間は、利用料(家賃相当)の前払いという性格上、対象となる入居者の平均余命を勘案しながら設定される。介護保険制度までの有料老人ホームは、悠々自適な生活を満喫する元気な高齢者を対象としていたため、60代〜70代と比較的若い高齢者が多いことから、償却期間は15年程度と長く設定されていた。これに対して介護付有料老人ホームは、対象者が要介護高齢者であること、80歳以上の入居者が中心になると想定して、償却期間は5年〜8年程度と短く設定しているところが多い。
問題は、この償却期間が、実際の入居者の平均入居期間とバランスが取れているのか否かという点だが、残念ながら全体として見た場合、バランスを欠いていると言わざるを得ない。
下記のように厚労省の介護給付費実態調査によれば、現在の介護付有料老人ホームでは、要介護2までの入居者が全体の57%を占めている。当然、個々のホームによって入居者割合は違うため、一律に論じることはできず、また要介護度だけで年齢や入居期間を割り出すことはできない。しかし、要介護3以上の高齢者が全体の85%、要介護4〜5といった重度要介護高齢者が64%の特別養護老人ホームでも、四人に一人の入所者は入所期間が5年を超えている。5年程度の償却期間では、当初の想定よりも長期入居の高齢者が増えるであろうことは想像に難くない。
このバランスを阻害している理由は2つある。
一つの原因は、上記のように介護付有料老人ホームに軽度要介護高齢者が中心となっているということだ。先に述べたような『特養モデル』の場合、介護看護スタッフ数が少ないために入居者の重度化や医療依存度の高い高齢者に対応できない。そのため、入居者選定にあたっては、軽度要介護高齢者が優先されることになる。
これは、介護報酬にも問題がある。特定施設入居者生活介護は、日額算定方式のため、介護サービスを受ける入居者個人に対する報酬ではなく、【3:1配置】という指定基準の人員配置に対する報酬となっている。この基準は要介護高齢者であれば、要介護1でも要介護5でも同じであり、サービスの必要度に合わせて介護報酬に大きな差はつけられない。実際、要介護1は月額16470単位(30日として)、要介護5は月額24540単位と、1.5倍程度の差しかないが、実際の介護サービス量はその程度の差ではすまない。入居者選定にあたっては軽度要介護高齢者優先とするインセンティブが働くことになる。
もう一つは、述べてきた低価格化だ。利用料は家賃相当額なので、土地取得費、建設費等の不動産取得価格(又は賃借料)を基礎として算定される。入居一時金の金額は償却期間内の利用料の前払いという性格上、償却期間と入居一時金には相関関係がある。
600万円の入居一時金を設定するとして、償却期間が5年の場合、一年間の利用権料(家賃相当)は120万円(月額10万円)となるが、償却期間が10年とすると、一年間の利用権料は60万円となってしまう。同じ額の利用権料を得るためには、一時金は1200万円にしなければならない。
つまり、事業シミュレーションを検討する場合、償却期間を長くすると入居一時金は高額となり、償却期間を短くすると一時金を低く見積もることができるということだ。介護保険制度前の元気な高齢者を対象とした有料老人ホームの入居一時金が高額だったのは、建物の仕様の違いもあるが、償却期間が長期に設定されていたという要因もあるのだ。
この入居一時金の金額算定にあたっては、この長期入居リスクをどの程度まで見積もるのか(つまり長期入居の高齢者の割合をどの程度算定するか)によって、その金額は大きく変わってくる。しかし、介護保険制度以降、開設された有料老人ホームは、低価格化が一気に進んでいる。この入居一時金の金額は大きく下がっており、300万円〜500万円が主流となり、中には『一時金なし』というホームもある。低価格化の流れの中で、この長期入居リスクの検討が十分に行われていない、またリスクを軽く見積もるという結果になっているのだ。
更に、恐ろしいことに、この長期入居リスクは、収支が悪化するまで、表面化しにくいという特徴を持っている。
償却期間内は、経常収支が高く、キャッシュフローも潤沢だが、償却期間を超えるとキャッシュフローは一気に悪化する。『介護サービス事業の中で唯一利益がでているのが有料老人ホーム』と言われているが、その利益率は、長期入居リスクが顕在化しない償却期間内だけの利益率で、それが当該有料老人ホームの実力を示しているものではないことはご理解いただけるだろう。
介護保険制度発足後、低価格の有料老人ホームが急増したのが平成15年以降だということを考えると、この二・三年間の間に当初の償却期間が終了すると同時に、長期入居リスクによって収益・資金繰りが逼迫するホームが急増する可能性は高いのだ。
T
O P
|