13章 雨の大河をみんなの元へ。病に倒れるも心は穏やかだったこと。








一本のカヌーが大河を滑っていく。


風が髪をとかし、

狂騒を冷ましてゆく。






喉がいがらっぽい。

叫びすぎたみたい。












俺はカヌーの先端に仰向けになり、空を見た。

目のかすみか、雲か、

何色かも分からない。












1年前のこの日(3月3日)を思う。


そうだ、この日は受験少年院出所前日だった。


放課後、静まり返る校舎に響いてくる、アコースティックギターの音。

駆けつけてみれば誰もいない教室で歌うワタルがいた。

魂の叫びだった。

今、この一瞬を刻み込むかのように・・・


オリジナル曲のその歌詞は

誰のことを歌っているのか、いつのやるせなさを歌っているのか、痛いほど分かる


それは自分にとっての高校時代でもあった。


いつの間にか聞きつけた友人達が集まった。

女の子の中には涙を浮かべているコもいた。




その夜、

6畳の俺の部屋に8人が集まった。


飲んだ、騒いだ。


誰一人まだ進路が決まってなかったけれど、

何とかなるさと思えた。



翌日、二日酔いの俺達はいつの間にやら卒業証書を手にしていたっけ・・・。



支配からの卒業、闘いからの卒業
(尾崎豊 ♪卒業)






一年前はこんなことやってるなんて思いもしなかった。





一年後、俺は何をしているのだろう?










猛烈にあのバカ共に会いたくなった。














































カヌーは進む。















































怪物は足元で静かに息を引き取った。

その目に畏怖が輝くことはない。

死んだら全ては肉の塊だ。


悲しい風が汗ばんだ髪をかきあげる。

鳴り止まぬレクイエム。

鎮魂の流れ。









































黒鯛釣りの名手だったという爺さんのことを思った。

俺の生まれる前に死んでしまった爺さん。

コイツを肴に酒を飲みたかったなぁ。



ふるさと富山の丘の上、

一刻も早く報告に行きたくなった。


「ジジィ!終にバケモノ黒鯛をしとめたぜ!

孫は立派にやり遂げたぜよ!!」











































カヌーは進む





















大きく船が揺れた。

ワビルがあわてて手を突っ込む。

その手をすり抜け、

怪物との戦い抜いた愛竿は大河に消えた。

「もう、いいだろ?」

役目を終えたとばかり

沈んでいった。

お別れのスローモーション。

頭の中、ゆっくり、厳かにreplay&replay・・・







このとき、自分の中にピリオドが打たれた。

はりつめた糸が切れた。

俺は挑戦の終りを悟った。








カヌーから振り返り、俺は叫んだ。


「お疲れ様、ヤウオー(さようなら)

そして

「エッソ(ありがとう)





大河は何事もなかったかのように

流れに渦を湛えたまま。

今頃は巨大ワニが歯クソでもほじくってるのだろう。



















先日の川の駅、

見覚えのある村人が利用していた

「見たことない大きさだよ」

お世辞でも何でも、その言葉がうれしかった。

今しがた倒したばかりの鹿をご馳走になる。




野生児爆発!ワラビーに比べればものすんげー旨い!!
ってオッサン、鹿のドダマを持ち上げる必要ないよ!不気味!!(笑









上写真右端のオッサン、言語障害があるようだったが、ここでは関係ない。


彼は犬と共に鹿を追い、槍を振り下ろすのだ。

その引き締まった体が覚えている

本能が彼を導くかのように。

男が何かを成し遂げようとする時、言葉など大した問題ではないのかもしれない。

俺が今まで手にしたもの、その曇った目を閉じてみれば、僕にも本能のささやきが聞こえるだろうか?

彼の目が俺の挑戦の成功を祝福してくれていた。

その掌の湿り気がやさしかった。










空が破けた

風が出てきた。

雨は体温を急速に奪い、闇は迫る。

ゴミ袋から顔だけ出して振り返る俺。





約7メートル後方、最後尾で舵を取るワビル

彼はにやりと笑い、親指を立てて「Good Job」のジェスチャーをした。

進むカヌーの上ではお互い言葉は聞こえない。

何か言おうと思ったのだが、忘れてしまった。

「へへへ」おれも同じジェスチャーを示し、前に向き直った。

空の涙が俺の頬をつたう。












村に着いた。

ジョージさんをはじめ

知らせを聞いて集まったワイナ家一族が、みんなで祝福してくれた。

「今まで65年生きてきてはじめて見る大きさだよ」

とはジョージさんのオヤジさん。

しわだらけの黒い肌、その奥まった瞳がやさしかった。

おっかなびっくり子供達が寄ってくる。

牙にそっと触れては手を引っ込める。

「タァク、タァク」

みんなが喜んでくれた。

もう、お祭り騒ぎであった。







見渡せばいつかのFire Fiy。

地上の星

幼き頃見上げた星空は、残念ながらもう俺の目には映らない。


空が汚れたのではない

俺が曇ってしまったのだ。



現代日本、学歴社会、受験戦争

   机にかじりつき、そして得た物、失った物・・・

一つだけ取り戻せるとしたら

やっぱり「視力」と願うだろうか?

儚く、脆く、そして澄み切った少年の頃の目

全ての輝景に鮮度があったあの頃・・・


ワビルが山賊ナイフで解体する。

夜空に月が微笑んでいる。

飛び散る鱗

怪物のカケラがキラリと光った。










































翌日から2日間、俺は高熱に倒れた。

蚊張の中、鶏の声で目覚め、夕立の音を聞いた。

熱が腰に来たのか、腰痛もひどく歩くことさえままならない。

ジョージさんの奥さんがお湯を沸かし、暖かいシャワーを用意してくれた。

栄養のあるものを、とワビルが野鳥のスープを作ってくれた。

ここいらで唯一の薬、唐辛子をジョージさんが集めてくれた。


「金魚と同じかよ。さすがに笑えねぇ・・・」

死にかけた金魚を唐辛子で蘇生させたことを思い出しながら、

唐辛子片手にひたすら肉を食った。

「栄養(=肉)を取ることしか回復する道はない!」

俺は水鳥の足をバリバリ噛み砕き、
ワラビーの肉を食いちぎって唐辛子と一緒に胃へ流し込んだ。


安堵で張り詰めていたものが切れたのだろう。

マラリアでないことを祈りながら、

俺はただただ、自分の肉体を信じ体力の回復を待った。


医療施設などない。

「自分を信じろ」

これほどまでにこの言葉がしっくり来る状況もないだろう。

















ボロ雑巾のようになりながら、

それでも俺の心は穏やかだった。


朦朧とした意識の中を

あの怪物が悠々と泳いでいく。


俺の心は穏やかだった。















後日談
マラリア特有の発熱の繰り返しもなく、全身発疹などの症状から、
おそらくは蚊にかまれたところの化膿による一種のアレルギー反応に、限界に達していた疲労がかさなった発熱はないかと推測されます。
蚊にかまれ、かきむしったところにハエがたかり、化膿。
イソジン塗っても、その上からすぐにハエがなめていく状態、湿度も高く、ジメジメしてかさぶたができる状況ではなく
足首付近に10数箇所、膿が流れ出している状態でした(それにしても何で現地人はかまれないんやろ?)
その場所は今も赤黒い痕となって残っています(ま、勲章のタトゥーとして気に入ってます 笑)
個人でジャングルの奥地、医療設備のない場所にいく場合、くれぐれも気をつけてください!