副読本その21 「春の夢」
「ずいぶんと久しぶりの更新だな、前回がどこまでいったか、お前、覚えているか?」
「ああ、昭王と私が天勝宮に帰還して、私と貴鬼が翠宝殿に入ったところだったな。 『
私 』 というのもおかしなものだが、便宜上、そういっておくことにする。」
いちいち断るところがカミュらしいな、とミロは内心おかしくなった。
「いまさら律儀に断りを入れなくても、誰もお前がタイムスリップしたなんて思わんが、もっと気楽に考えたらどうだ?」
「しかし、こういうことはきちんとしておかないと・・・・・」
「まあいい、それより前回の更新から十八日もあったんだぜ? それだけ寝れば遠征の疲れも取れただろうが、そんなに一人寝が続いて、お前、寂しくなかった?」
「ミロ・・・・・・・・・」
にやにやしているミロを、カミュは呆れたように見た。
まったくなんということを言い出すのだろう.。 百年たっても、とてもカミュには言えない台詞である。
「あのさ、カミュ・・・・」
ミロがつと立ち上がって長椅子に座っているカミュの後ろに廻ると、カミュの肩を抱いて耳元でささやいた。
「そういうときは黙ってないで、 『 毎晩、お前の夢を見てたから寂しくなかった
』 とか、 『 あんまり私をほうっておくと昭王が来るかもしれんぞ?お前は心配ではないのか?』 とか言えばいいんだよ。」
ミロの吐息が耳にかかり、カミュは小さく身を震わせた。
「そんなこと・・・・・そんなこと、私にはとても言えぬ・・・・お前も知っているではないか・・・」
「うん、よくわかってる。」
ミロはあっさりと言うと、カミュの髪に頬を寄せた。
「でも俺は、カミュと、会話のキャッチボールを楽しみたい。 Body Language もいいが、言葉の会話もいいと思わないか?」
「・・・・・・いつものお前の持論とはだいぶ違っているな。」
さすがにカミュは顔を赤らめた。とても平静ではいられない。
そんなカミュにミロがやさしく口付けた。
聖域の春の目覚めを知らせるかのように、夕暮れの風がやわらかな花の香りを運んでくる。
穏やかな一日が終わろうとしていた。
「ミロ、起きているか?」
カミュの声にミロは目を開けた。 まだ暗い部屋の中は春の気だるさで満ちている。
「少し眠っていたようだ。どうした?」
カミュの肩に手をかけそっと引き寄せようとすると、心得たものでカミュが自分から身を寄せてきた。
「それが、今、昭王の夢を見た。」
「ふうん、珍しいな。・・・・それで、今度も何か呉れたのか?」
「いや、よくは覚えていない。ともかく、昭王の夢を見たことだけ覚えている。」
ミロは少し考えたが、夢を見るのに理由もなにもあったものではない、と思い直した。
前回、銀の櫛を持ってきたときはいろいろと大変だったが、今夜の夢は何ということもない。
夢くらい誰でも見るだろう。
「きっと、今日の久しぶりの更新で、昭王のことを考えたからじゃないのか?それより、俺の夢を見てほしいね。」
「それは無理だ。」
「え?」
「お前は例の、その・・・・・・・Language に忙しいらしく、私に夢を見る暇を与えてくれないからな。」
「カミュ・・・・」
それは、立派な会話のキャッチボールだぜ、それも極上の!とミロは考えた。
「俺だって、お前から暇をもらってないぜ?でも、俺は夢よりも現実でお前に逢っていたい。」
カミュが目を伏せ、小さく身じろぎをする。
「春宵一刻値千金か・・・・」
「え、なに?」
「なんでもない」
カミュがくすりと笑った。
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