時代考証 第二十九回
「かなりこちらをおろそかにしてしまったが、今日は第二十九回の時代考証を行ないたい。」
「いきなり始まってびっくりしたぜ、もうすっかり忘れていたからな。タタミの上でやるというのもオツなものだろう。
いいぜ、始めてくれ。」
「練り絹、これは、生糸で織ったあと精錬した絹布、または、練糸で織った絹織物のことだ。
繭糸中の絹繊維はセリシンという硬タンパク質で包まれている。そのため生糸はごわごわしているので、
熱水処理してセリシンを取り除かなければならぬ。」
ふうん、ごわごわしてるなんて、そんなのは絹じゃないぜ。
………するとなにか? 青くて艶のある絹織物の上に昭王がカミュを横たえて………
そこに木の葉の間を洩れてきた月光がこぼれかかり、カミュの白い肌をあざやかに照らし出し……………
う、う〜む………よしっ、帰ったら天蠍宮のベッドカバーを青い絹に変えることにしよう!
「象嵌 (ぞうがん) 、これは、模様を象 (かたど) り、嵌 (は) め込むことを意味する。
模様を嵌め込む対象(素材)によって木工象嵌、陶象嵌、金工象嵌と分かれるが、この場合は漆塗りなので木工象嵌ということになる。
象嵌の起源は古く、紀元前ペルシャ王朝の時代に王冠や兜などの武具甲冑類に施されていたが、
それがシルクロードを通って中国に伝えられたものだ。
第一回で説明したとおり、昭王の時代にはシルクロードは燕には至っていない。よって、この記述は誤りということになる。」
だから、そんな細かいことは気にするなよ、カミュ……昭王の身の回りに美しい品を……
「しかし」
( え? なんだ? )
「一つや二つは例外的に早い時期に伝えられていた可能性もあるので、断定はできぬ。この場合がそうかもしれぬ。」
(カミュ ♪♪ ずいぶん話がわかるようになったじゃないか! )
「飛雲の法、これについては皆目わからぬ。知りたければ、ムウに弟子入りするのが一番の早道だろう。」
それにしても、貴鬼がテレポートできるってことが、あそこまで事の成否を左右するとは思わなかったぜ!
ムウが貴鬼にテレポート、いや、飛雲の法を教え込んでいたのが大ヒットだが、
その貴鬼を身近においておくようにしたのは昭王の判断だ。
たいしたもんだぜ、さすがに先見の明があるな!!!!
「兵部省 (ひょうぶしょう)、諸国の兵士・軍旅・兵馬・城郭・兵器など軍事に関することを司る役所のことで、
軍備を保有する国家には必要かつ不可欠のものだ。
そのトップを任されているのだから、ムウがいかに信任されているかわかろうというものだ。」
聖衣の修復を一手に引き受けているくらいだからな、適材適所ってところか。
アルデバランとは聖域でも隣同士だから、話の辻褄は合ってるぜ。
「青磁色、これは中国で生まれた青磁という焼物の色だ。緑青色あるいは黄味を帯びた青色を呈する。
白緑 (びゃくろく) 、これは緑青 (ろくしょう) の粉末の色で、白っぽい緑色だ。
青海波 (せいがいは)、波型の模様のことだ。 このページの背景に使われている。」
細かいことはよくわからんが、柔らかい青緑系の色でまとまってるってわけか。
さすがに俺だけのことはある! なかなかいいセンスだぜ ♪
これで月明かりに照らされたらカミュもどれほど見惚れることか!
…………しかし、この贅を尽くしたらしい衣装でカミュを抱くのか???
佩刀を投げ捨てただけじゃ、どうしようもないんだがな……まあ、この件については次回を待つとしよう。
「瓔珞 (ようらく)、珠玉や貴金属に糸を通して作った装身具だ。もともとはインドの上流階級が使用した。
仏教で仏像の身を飾るのにも使われている。かなり華やかなもののようだ。」
銀と翡翠の首飾りか!いいじゃないか!
さすがは燕王だな、身の回り全てが一級品なのに違いない。
今回、その中にカミュが加わって、さらにハイレベルになったということだ。
……銀と翡翠か………はずさないとすると、カミュの胸に冷たくはないのか?
それとも、それがまた、いいのかな………?
ううむ、カミュに聞かんととてもわからんが、さすがに今は聞きづらい。 今夜、チャンスをみて訊いてみるかな。
「銀梨子地。梨子地 (なしじ) とは、蒔絵の技法の一種だ。
漆の上に金・銀の粉末 (梨子地粉) を蒔き、上に透明な漆をかけて平らに研ぎ出し、漆を通して梨子地粉が見えるようにしてある。
梨の果実の肌を見るような感じがするので、この名がある。」
ふうん………梨の肌ね…………たしかあれはザラザラしてなかったか?
俺はそんなのは嫌だね!
なんといってもカミュの肌は、マイセン磁器のように真っ白で、ビスクドールの如くになめらかで、
ひとたび俺が恥らわせれば、咲き初めた淡いピンクのバラの花のようにほんのりと色づき、
もっと深く愛するにしたがってその色がだんだんと濃くなってゆくのだからな。
ふふふ、なんといってもカミュの肌は………
「彩蘇羅 (さそら)、香道に使用される香木の一つだ。白檀を含めることがある、と書いてあるが、正直なところ、私にはよくはわからぬ。」
要するに、身につけていい香りを漂わせるってことだろ?
聖闘士がいつもそれをやってちゃ、事が起こったときに、敵に自分の居所を知らせるようなものだからタブーだが、
プライベートなら、うん、たまにはいいと思うぜ ♪
たとえば、夜になってカミュを………いや、そんなことはどうでもいいが。
いや、自分に正直でなくてはいかんな。 どうでもいいどころか、非常に重要なことだ!
現に昨夜、カミュに甘い花の香りの香水を………
「これで、第二十九回の時代考証は終わりだ。 ………ミロ……なにを笑っている?」
ギリシャに帰る前に、あの香水をもう少し買い込んでおいたほうがいいかもしれんな。
あれを使うと使わないとではカミュの反応が大違いだ!
いやまったく、甘い夜とは、ああいうことをいうんだな ♪ ほんとに参ったぜ♪♪
「ミロ!!」
「え?……あ、すまん、ちょっとぼんやりして……」
「ぼんやりというよりも、集中して何かを考えていたようにも見えるが?」
「……え?い、いや、そんなことはないっ、そんなことはないぜ、絶対に!」
「お前………私に何か隠し事をしているのではないか?」
「お、俺がなにを……」
青い目で見詰められたミロが、つい目をそらした。
「………まあよい、あとでゆっくり聞かせてもらう。」
原稿をきちんとまとめて部屋を出ようとするカミュにあわててミロが呼びかけた。
「あ、カミュ………どこへ?」
「風呂に決まっているだろう? 今夜の家族風呂の予約は十時からだ、といったのはお前ではないか。」
「あ……そうだったな。 先に行っててくれ。」
カミュが頷いて出て行った。
長い足をさすりながら立ち上がったミロがくすっと笑う。
「あとでゆっくり聞かせてもらう、か……。 いいぜ、風呂のあとは、ふっくらしたフトンが待ってるんだからな。
俺がなにを考えていたか、お望み通りゆっくり聞かせてやるよ。」
隣の部屋では、行灯の小さい灯りが室内を柔らかく照らしている。
今夜の北海道は少々冷え込みそうだ。
枕元に緑の小瓶を忍ばせたミロが、浴衣を持って出て行った。