日本に来てはみたものの、日本人にはあまり馴染みがない。 それはたしかに聖域にも星矢たち日本人はいる。
が、聖闘士を目指して厳しい訓練を重ねてきた星矢たちが平均的日本人の習慣や考え方を持っているかはいささか疑問だし、そもそもあまり接触がない。 天蠍宮戦はどうしたのだ?と言われるかも知れないが、あれは接触というよりは一触即発を地でいったようなもので馴染むというのにはほど遠い。 氷河とだけはけっこう親しいが、日本人というよりはほとんどロシア人だろうし、だいたいカミュの弟子なのだから考え方も生活習慣もカミュ仕込のはずなのだ。
そこで、せっかく日本に来たのだから日本人の生活習慣や考え方を手っ取り早く知りたいと考えた俺は、映画を見ることにした。 「なぜ、映画を?」 「だって、街に出て、そこらを歩いている日本人をつかまえて、あなたの生活習慣を教えてください、って言ってもしょうがないだろう。 それよりは日本人の習慣や感性がうまく表現されている映画を見たほうが早わかりだぜ、きっと!たったの2時間くらいで、俺たちにも日本人が理解できるはずだ。」 「なるほど、それはよい♪」
こうして俺たちは宿のフロントの助言に従い、京都・岡崎の府立図書館に出かけていった。このあたりは公園、美術館などの公共施設が集まっていてなかなか環境がいい。かと思うと、そこはいかにも京都らしく、すぐ北側には平安遷都1100年を記念して創建された平安神宮というのがあって、おおいに観光客を集めているようだ。 大きな交差点の角にある図書館はゆったりとした空間に囲まれて俺たちを迎えてくれた。 中に入るとすぐにカミュがカウンターに近寄った。 「日本人の生活習慣や考え方を知るのによい映画を見たいのですが、どれがふさわしいでしょう?」 と、カミュは聞いたのだと俺は思う。 しばらく考えていた係員は、俺たちをマルチメディア閲覧室のAVブースに連れて行くと棚から一枚のDVDを取り出した。 「こちらがよろしいでしょう。
日本人にもとても人気のある作品で、きっとお役に立つと思います。吹き替え言語は、なにになさいますか?」 「では、ギリシャ語を。」 なにやらブース内のパネルを調整していた係員がお辞儀をすると出て行った。こんなふうに、どこに行っても最初と最後にお辞儀をされるというのが実に面白い国だと思うのだ。 「ミロ、ヘッドホンを。」 「ああ、わかった。 で、どんな映画なんだ?」 「時代背景は何十年か前の日本らしいが、今の日本人が忘れつつある心のふるさとが描かれているということだ。」 「……え?」 「それからこの映画は、」 画面に映像が映り始めた。 「アニメだ。」 「あ………そうみたいだな。」 こうして俺たちは
『 となりのトトロ 』 をゆっくりと鑑賞したのだった。
「面白かったな! 最初はどうかと思ったが、気に入ったぜ、とくにあの猫バスがいい♪
ふわふわして気持ち良さそうじゃないか!」 「現実的な論理性はないが、あの世界の中では登場人物の感情も自然でストーリーに破綻がない。 その点では極めて論理的だし、たしかに日本人の暮らしがよくわかる。」 「まっくろくろすけっていうのも、なんだかよくわからんが面白いぜ♪
天蠍宮にもあんなのがいたら愉快なんだが。」 黒光りするどっしりとした樫の長テーブルで珈琲を飲む二人はこの空間がよほど気に入ったらしく、先ほどから話は尽きないのだ。 図書館を出てから朱塗りも鮮やかな平安神宮を横目に見つつ大きな通りを北に向っていって、百万遍を右に曲ると「
進々堂 」 がある。 ここは京都でも老舗の喫茶店で、流れる時間がほかとは違う。 「
ぜひお寄りになってください。」と宿のフロントで勧められたカミュが地図を片手にミロを連れてきたのだ。 レトロなしつらえの店内は落ち着きがあり、学生がなにやら議論をしていたり、隅の席で初老の男性がノートパソコンを広げていたりするアカデミックな雰囲気が漂っているのがカミュの気に入ったようだった。 「ところで、気になったことがあるんだが。」 「なにが?」 「庭に植えた木の実が夜中にどんどん大きくなるシーンがあるだろう? あの時にさつきとめいが寝ていた部屋だが、なにか透けるものの中で寝ていたように思うんだが、あれはいったいなんだろう?」 「あ……それは私も疑問に思った。
宿に帰って聞けばわかるだろう。」 「日本人にはわかるんだろうが、俺たちにはさっぱりだ。」 「だから文化の相互理解が必要ということだ。」 珈琲を飲みおえたカミュが満足げに溜め息をついた。
宿に戻ってくだんの
「 透けるもの」 について聞いたところ、自他共に許すトトロファンという若い女性が奥から出てきて得々と説明してくれた。 それによると、あれは蚊帳 ( かや
)
というもので、最近では使われなくなったが、寝るときに蚊に刺されるのを防ぐための薄布の覆いのようなものらしい。 「その上辺の四隅を部屋の角から吊るして立方体の覆いを作り、その中にフトンを敷いて寝るのだそうだ。」
ん?
どうやって吊るすんだ? いまいち、よくわからんな………箱型のカーテンみたいなものなのか?
俺が首を傾げていると係りの女性がなにやらパンフレットを出してきて説明を始めた。カミュが俺を振り返る。 「ミロ、面白いことがある。
さっきの映画の家のような宿泊施設があるらしい。 」 「……え?」 「そこでは井戸で水を汲み、それを風呂に運んで自分たちで薪で湯を沸かす。 寝るときも蚊帳の設備があるので使ってみてもいいそうだ。」 「なにっ!」 「敷地は広く、少しは畑も付属しているのでそこで野菜を収穫して食べることもできる。自炊もかまどで可能だが、基本的には食事は毎食
車ではこんできてくれるから問題はない。」 「気に入った!
予約できるのか?」 「明後日なら空いているそうだ。」 俺は満面に笑みをたたえて大きく頷いていた。
「ここがそうだ。」 京都駅の南に伏見稲荷というのがあるが、「
トトロの宿 」
はそこからやや離れた山裾にあった。伏見稲荷は観光客で混雑しているが少し脇道に入れば静かなものだ。 「ふうん……映画とかなり似ているな!わざわざ作ったのか?」 「さぁ?
それはわからぬが………」 驚いたことに、映画に出てくる老婆と似たような老婦人が俺たちを待っていて、家の鍵と説明書を渡してくれた。服装も映画そのままで頭に布一枚をかぶっているのもおんなじだ。カミュが話しかけたが、英語がわからないらしく慌てたように手を振って困り果てている。 「よせよ、こんなときにはこれでいいんだよ。」 ドウモアリガトウ、と俺が言ってお辞儀をするとにこにこしてお辞儀を返してくれた。 ほんとにここはお辞儀の国なのだ。
老婦人が帰って行ったので、カミュと俺で家の中に入ってみた。 「ほぅ……見てみるがいい、風呂がそっくりだ!」 「え?」 カミュの肩越しに覗き込んでみると、なるほど映画の風呂と同じで小さいタイル張りの大小二つの丸い浴槽がある。 「こいつは面白い!
夜に入ったらまっくろくろすけが逃げ出すってわけだ♪しかし、思ったよりも小さいな。せっかく二人で入ろうと思ったのに!」 「ミロ、そんなことを…」 「冗談だよ♪」 くすくす笑いながら家の中を見物し、さっそく蚊帳を出してみる。 「う〜ん、やっぱりよくわからんな?」 座敷の真ん中で薄い緑色の粗織りの薄布を広げながら考えていると、 「ああ。ここにマニュアルがある、英文も付いている。」 カミュが棚の上からパンフレットを持ってきて、やっと蚊帳のセッティングが判明した。 「よし!
さっそく吊ってみよう♪」 「しかし、まだ昼間だが。」 「だから昼寝だよ、昼寝♪
夜まで待ちきれん、きっと面白いぜ♪」 渋るカミュを説得し、押入れからフトンを出してさっさと敷くと、パンフレット通りに部屋の壁をぐるっと取り巻いている鴨居という横板の角に鉤を引っ掛けて、蚊帳の角から伸びている掛け紐をそれに掛けてみた。 「う〜ん、ほんとにできたぜ♪ 映画と同じだな♪
実際にやってみると簡単なものだ。」 蚊帳の裾はかなり長くできているので畳の上にふわふわと溜まって、なるほどこれなら蚊は中に入れないだろうと思う。 「さあ、来いよ、昼寝しようぜ♪」 「えっ、ほんとに?!」 「当然だろ、そのためにここに泊まりに来たんだからな♪」 念のために蚊帳からやや離れた外側に渦巻き状の蚊取り線香というものを設置して蚊を防いでみることにした。 この蚊取り線香というのも面白いのだが、いまはそれより蚊帳だ、蚊帳!
蚊帳の上面の中央あたりは重さでやや下がっているので俺たちには頭がつかえてしまう。裾をくぐって中に入り、頭の上の布をつついたりしながらともかく横になってみた。 外からの風が蚊帳の薄布を揺らし、蚊取り線香の香りもなんだかエスニックなのだ。 どきどきしながら目を閉じた。
「………眠れるか?」 「いや………私は全然眠くない。」 「どうしてかな?」 「蚊帳の中で寝るということで身構えてしまって、心身ともに緊張しているのではないだろうか?」 「それに昼寝するからといって浴衣に着替えたわけでもないから、どうにも寝にくいな。」 俺はくるっと寝返りを打って腹ばいになった。 「考えてみれば、眠くもないのに昼寝をしようとするのは初めてだ。………あのさぁ………」 横目でちらっとカミュを見る。 「なんだ?」 「……抱いちゃ…だめ?」 「断る。」 「返事、早すぎ…」 そうだろうとは思ったが、枕に顔をぽすっと伏せた。 「この家は映画と同じ造りで、ここから庭がよく見える。
昼間のうちから雨戸を閉めるわけにはいかぬし、日暮れ前には食事が届くのだ。考慮の余地はない。」 「そうだよな、うん、わかってるんだけどさ…」 「せっかくお前が昼寝をしようと考えたのだ。 あきらめるのはまだ早い。
もう少し努力してみよう。」 「努力って………昼寝って、努力すればするほど無理じゃないのか?」 「………かもしれぬ。」
結局、苦笑いして起き上がった俺たちは井戸から風呂の水を汲み、庭先を流れる小川に足をひたしたりして時を過ごした。
草叢から夏の虫の声が聞こえ、夏の日差しに咲きしおれている朝顔も明日の朝の蕾を数え切れないほどに用意していて可愛いものだ。
こんな時間の過ごし方も悪くない。
夕方にはほんとに一人ずつ入浴し、まっくろくろすけの気配を感じないままに折りたたみ式の小さい丸テーブルで夕食を囲む。 風のある夜で、窓の外の竹笹がさらさらと音を立てているのもいかにも日本的なのだった。 カミュについでもらった日本酒が喉を流れ落ち、俺の身体を熱くするのがよくわかる。 「昼寝はだめだったけど………」 「…え?」 「今夜は蚊帳を楽しめるかな?」 「……蚊帳…を?」 「うん♪」 ちらっとカミュを見てから清水焼の盃についでやる。 わずかばかり唇を湿した白い頬に朱の色が広がっていった。
日本の昼寝=蚊帳、 蚊帳=トトロ、 ∴日本の昼寝=トトロ の図式が成り立ちます
そう思い付いたら一直線(笑)
これもミロカミュサマーフェスティバル2006に出した作品です。
お題に 「お昼寝 (シェスタ)」 というのがあったので、
うちのお二人にシェスタはなかろうと、日本の典型的お昼寝に変更。
でもお昼寝、うまくいきません………。
そこで困ったときのミロボタン
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