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関西訴訟判決後の環境省交渉で切り込む
二宮さん(2列目、立つ人)
=2004年10月16日、東京・霞ヶ関で
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「水俣病」というローカルな問題を「メチル水銀中毒」というグローバルスタンダードの問題に広げたい、そしてメ チル水銀中毒という視点で「水俣病」を確認していきたいというのがこのホームページの基本方針です。それは関西訴訟で打ち出した方針と同じです。最高裁で勝って、ようやく日本でも、水俣病がメチル水銀中毒症になると思っていましたが、あいかわらず「水俣病」です。
水俣病もイラク病もカナダ病もあるいは、フィリピン病もおおのおのの事情がありますが、「水俣病」も「メチル水銀」からおこったという事実を、もっときっちり認識したいという気が強くします。
「水俣病を二度とくりかえさない」と海外にむかって呼び掛け、重症水俣病のひとの写真やビデオをまわすのは、ひとつの手段ですが、では具体的にどのようにしたらよいのかといわれるとき、「ゴミを20種類以上に分別して、蛍光灯や電池はリサイクルにまわす」「埋立地で能をおどる」というだけでは、あまりにも情けない気がします。
患者をふくんだ我々(どこまでが、「我々」の範疇かは明確ではありませんが)は、ゴミ問題でもない、村社会の崩壊でもない、高度成長の犠牲でもない、「環境汚染によるメチル水銀中毒症」を経験したということを、もっと中心にすえる必要があると思います。
いくら、海がきれいになろうと、市民の絆がもどろうと、放置された水銀は依然として埋め立て地と、不知火海のなかにあるという「事実」、なにが変わって、何が変わっていないのか、「将来」に向けてなにをしたらいいのかを「メチル水銀汚染」を中心軸にして考えていこうと思っています。
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