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新本登場
自戒を含め「学者」を実名を挙げて切る
“よくある公害の本”ではない


『医学者は公害事件で何をしてきたのか』
津田敏秀


著者・津田敏秀氏を知る人はいざ知らず、知らない多くの人たちにまず伝えておきたい。著者は、時として“鼻もちならない人物”である。独善の人でもある。仏教あるいは儒教の精神をゴマ粒ほども持ち合わせない人物である。がしかし、時として、というより見方を変えれば、こんな痛快な男もいない。本書は幸いにして、その“痛快さ”が前面(あるいは全面)に出た書であると、まず申し上げておこう。

読者はまず初めに「はじめに」をご覧あれ。冒頭の8行に著者のスタンスとこの本のコンセプトが凝集されている。何を意図して書いたのか―あいまいな新本が多い昨今、自らに言い聞かせるがごとく続ける。「官僚よりも、官僚の判断を誤らせる問題をこじらせる学者の方に重心を置いている」と記している。

そして、自らも「学者」の身でありながら、自らはラチ外に置く、情けない研究者の一群を「学者」と揶揄し、さらに「よくある公害問題に関する本がまた出たか」と思わないで欲しいと訴えている。確かに“よくある公害本”ではない。

さて、中身に触れよう。
著者自身も言っているように、「T 疫学とはどういう学問か」は、いわばページ稼ぎなのでよほど興味と関心がある読者以外は飛ばして良い(但し、U以下を通読して、やっぱり「疫学」ってなんだか知りたいなと思われたらお読みになればよい)。

圧巻は[U 疫学から考える水俣病]であろう。水俣病を中心に、意図して(?)実名を挙げ、事実関係を羅列しながら、その人たちが何をしたのか、それによってどういう社会的問題が派生したかなどの点で一般的に知られていないことが多々ある。そして、その章内の「6 繰り返される悲劇」ではイタイイタイ病を初め、今日、「公害」にリストアップされる事件とそれに関わって“誤りを犯した人たち”を列挙しているのは圧巻ですらある。

そして、終章の[V 必要な制度の見直し]で氏らしい“提案”を試みている。「審議会はいらない」もその一つである(ついでのことに「学会もいらない」と言って欲しかった)。「学者と官僚」の関係にも触れている。

実は、一市民の目線でこの著を読むと、ある部分では痛快に思い、ある部分では「うそっ?!」と叫んでしまう。が、多少の内部事情を知る立場で読むと、“医学という業界”に属し、そこで禄を食んでいる著者がこのような切り口で公にすることは大変なことである。すでにこの著が出回った今、著者への様々な風当たりは想像を絶するものがあるのではと危惧する。もしかしたら、ある意味の“刺客”が氏の身辺に送られているかもしれない。「おわりに」で、「今回、本書でもれた学者先生たちもがっかりしないでいただきたい」とうそぶいている(と受け取る人も多々いだろう)が、著者の狙いは個々人の誹謗でなく、個人とは言え立場上“公人”である人たちの言動は後世に様々な禍根を残すということへの警鐘と受け取りたい。

もう一点触れておきたい。
著者がどの程度の意識をもって記述したかは不明だが、「我が国は、行政と住民が対立することが多い」とか、「行政も住民と対立することが当り前と思っているふしがある」とさらっと指摘している。まったく同感であり、不可思議に思えてならない。いま、先鋭な対立状態にある「諫干問題」もその典型である。この看過すべきでない問題点を次の機会に掘り下げて欲しい。

最後に、氏はささやかな対策として「学者ウオッチャー」の立上げを提案している。が、実は氏も「学者さん」なのである。ウォッチされる立場にあることを指摘しておきたい。

好漢の自重・自愛を祈りたい。

   ▼発行所:岩波書店
         〒101−8002 東京都千代田区一ツ橋2−5−5
         TEL 03−5210−4000
   ▼版型:B6変形、256ページ
   ▼価 格:¥2,600(本体)


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