■ルポ 11.15■

400人の人々がそれぞれの想いをこめて焼香


その2時間以上も前からスタッフの動きが始まっていた。

16:00。
宇井純と40年前、水俣で知り合って以来、時には行動をともにし、時には個別に、調査や撮影を行った記憶を思い起こしながら、日本を代表する報道カメラマンの一人、桑原史成は万感の思いを込めて、宇井や宇井の行動を撮った全紙大の作品数点を携え、斎場に着く。すぐに包みを解き、いまでは珍しい白黒の宇井の肖像や東大自主講座の光景などをシャープに捉えた作品が取り出される。
次の瞬間、桑原が一言。「宇井さんの遺影はこれがいいですよ」。近くにいた葬儀社のスタッフは「祭壇が凄くしまりますね」と即座に賛同する。遺族はデジタルカメラによる1枚のカラー写真を決めていたので、間に入り紀子・美香と相談の結果、遺影を桑原作品にする。直ちに備えられる。なるほど、祭壇が一転して締まる。これぞプロの味というものかと納得する。遺族も満足げだ。
写真左:
携行してきた写真を額に装丁する桑原史成さん
写真右:
桑原史成さん撮影の遺影も収まり、出来上がった祭壇

16:30。
受付スタッフのミーティングが始まる。京都の大学院生で、公害史研究に取り組み、入院中の宇井に数回インタビューした友澤悠季も駆け付ける。
入り口付近では、『公害原論』の新装版の発行を病床にある宇井と打ち合わせながら、宇井の臨終に間に合わなかったことを悔いてやまない亜紀書房代表の立川勝得、臨終2日前に揃って見舞った国学院大学の菅井益郎と埼玉大学の藤林泰、亡くなったその日宇井の遺体の脇で号泣した山下英俊とその新妻・詠子、そして沖縄大学で薫陶を受けた男女のOBが目を赤く腫らしながら助っ人を申し出てくる。それぞれが「宇井純」との係わりを胸に秘め、いまは多くの弔問客への対応を心を込めてやろうとしている。
写真:葬儀社の責任者から説明を受ける受付スタッフ

会場内での祭壇づくりの動きが葬儀社・メモリーベルの田中勝信のリードのもと、一段と激しくなっている。100本は越えようかという供花本体はすでに設えられ、それらに墨書された板製の立札が挿されていくが、その位置づけがちょっとした一仕事だ。失礼のないように紀子夫人と長女・美香が意見交換し、ときには関係者に相談し、スタッフに指示していく。すでにかなりの数の立札が揮毫されていたが、次々と追加が続々と入ってくる。それを受けて、書の専門家がなんと洗面所に避難?して書き始めた………。
写真:洗面所のスペースで立札に連絡された名前を書く………

気がつくと、すでにかなりの弔問客がロビーに溢れている。
20人余りのスタッフは田中リーダーの「受け付け開始」の指示をやや緊張しながらスタンバイする。
写真:ロビーで開式を待つ焼香客

17:45。
葬儀社スタッフの案内で遺族・親族が祭壇に向かって右側に着席する。通夜の式次第の説明を受けた後、棺に納められた宇井とそれぞれが思いを込めて対面、別れを惜しんだ。

17:50。
「宇井家」と記された門灯が点灯され、受付が開始される。ロビーで待機していた弔問客が次々と記帳を始める。友人代表として告別式で弔辞を読む柴田徳衛の白髪姿が見える。“戦友”の一人、中西準子が沈痛な面持ちで記帳する。60年以上竹馬の友として付き合ってきた阿久津幸彦がやや不自由な足を杖でかばいながら受付をする。研究仲間の宇沢弘文が、石弘之が、淡路剛久が、寺西俊一が………。多くの人たちが記帳し、会場内に着席する。

18:00。
「開式」のアナウンスが流され、導師を務める宇井家の菩提寺、古河・鮭延寺の田中賢昭住職が参列者が起立するなか入堂。間もなく、張りのある声で田中導師の読経が始まる。
写真:導師入堂。通夜の儀が始まった

18:14。
しばしの読経の後、紀子が喪主として通夜に集まった人たちへお礼を込めたあいさつをする。書をやる紀子は和紙にしたためたあいさつ文を用意したが、ゆっくりと、噛み締めるように読み継ぐ。多くの人たちに恵まれ、幸せな一生だったと感謝し、宇井が常に繰り返し説いていた言葉を紹介、「気づいたら勇気を持って実行した」と簡潔に結んだ。
写真:良く通る声で、言葉を噛み締めながら喪主として通夜の挨拶をする紀子夫人

そして、喪主として最初の焼香をし、遺族、親族がそれに続き、さらに来賓、一般と次々と遺影に目をやり、手を合わせ、焼香することが繰り返された。いろいろな思い出があるのだろう、涙を流し、立ち去りがたしという人たちも少なくなかった。

19:03。
途切れることなく焼香が続くなか、導師が講話、そして退場する。

19:30。
通夜は滞りなく終わった。しかし、人それぞれの思いは断ち切りがたく、ひっそりとした祭壇に近寄り、しっかりと棺の中の宇井の顔を見つめる人、深々と頭を垂れて別れの言葉を口にする人が後をたたなかった。とりわけ、沖縄大学で「公私共にお世話になりました。就職の斡旋もしていただきました。世の中を見る目を開かせてくれました」と言って絶句する上原辰五はしばらく棺から離れようとしなかった………。

そして、別室でのお清めは21:30くらいまで続いた。その少し前、宇澤弘文と桑原史成の二人が棺に近づき、改めて故人との別れをする姿が見られた。
写真左:
棺の中の宇井の顔を脳に焼き付けるようにみつめ続ける上原辰五さん
写真右:
この日初めて出会った桑原史成さん(左)と宇澤弘文さんは連れ立って別れを告げた

こうして、通夜が終わった。
葬儀社の集計によると、約400人の焼香を得たという。
写真:ようやく焼香客も絶え、棺は静寂な一夜を迎えた