高齢者住宅に必要な視点A 〜安定性〜
二点目は安定性です。
何度ものべているように、高齢者住宅事業は、高齢者の生活の基礎となる事業です。不安定な経営になると、金銭的な問題だけでなく、信頼して入居された高齢者の生活、家族の生活を崩壊させることになります。『短期利益確保』『短期勝ち逃げ』といったスタイルのビジネスではなく、30年、40年といった長期安定経営が不可欠です。収支的にもサービス的にも長期的に安定したシステムを組むという視点が必要です。
この安定性には、3つの視点が必要です。
@ 収支の安定
一つは、収支の安定です。
高齢者住宅は、入居率が上がれば収支が安定すると思っている人が多いのですが、学生マンションのような住宅サービスだけではありませんから、そう単純ものではありません。介護スタッフの人件費の高騰で、入居率が高くても、思ったような利益が確保できていないところも少なくありません。
また、減価償却、大規模修繕などによって、およそ5年ごとに収支は大きく変動し、20年、30年といった大きな流れで一回りします。『高齢者住宅は利益が高い』『介護サービス事業の中で唯一安定的に運営されているのが介護付有料老人ホームだ』という人がいますが、前期、今期と利益が出ているからと言って、安定的に運営されているとは言えません。毎期、黒字が続いていても、大規模修繕によって、一気に赤字になることもあります。
特に、有料老人ホームの入居一時金の徴収は、当初のキャッシュフローが潤沢になるというメリットがある反面、償却方法や償却期間の設定を間違うと、経営が不安定になるというデメリットがあります。ここ数年で、多くの有料老人ホームの経営が悪化すると予想されていますが、その最大の原因はこの入居一時金の設定ミスです。
高齢者住宅事業は、住宅事業と介護サービス事業の難しいところを抽出したような事業です。収支を安定させるためには、『今期は黒字・赤字』というだけでなく、長期的スパンで、今、どの程度の利益・キャッシュフローが確保されていないといけないのか、という視点が必要です。また、入居率・退居率、人件費上昇率など変動する収支要因については、様々なケースを想定し、事業シミュレーションを繰り返すことが必要です。
A サービスの安定
二つ目は、サービスの安定です。
重度化対応リスクでも述べたように、介護付有料老人ホームと言っても、特定施設入居者生活介護の指定基準だけで長期安定的な介護システムを組むことはでません。
また、住宅型有料老人ホームや現在の高専賃に適用されている区分支給限度額方式は、入居者と各事業者の個別契約になっていますが、それは介護システムとしては非常に不安定です。この方式だけでは、『臨時のケア』『すき間のケア』に対応することができず、重度要介護状態になった場合、十分な対応を行うことが難しくなります。また、建物内にテナントとして訪問介護サービス事業所やレストラン等が入っているところもありますが、彼らがその事業から撤退しないという保証はどこにもありません。役割やリスクが分散されているのですが、逆に責任の所在が不明確であり、その一つでもなくなれば、たちまちシステムは崩壊し入居者は生活できなくなります。
同様に『協力病院で安心』『介護が必要になれば介護事業者を紹介』というセールストークも、個別に見れば、名前を借りている程度のものも多く、そのサービス内容や責任が明確ではなく、非常に不安定なものです。
高齢者は終の棲家を求めて、高齢者住宅・有料老人ホームを探しています。加齢によって要介護度は重度化し、医療の問題、認知症の問題等、そのニーズは変化していきます。『早目の住み替えニーズ』という言葉が流行りましたが、元気な高齢者を対象とした商品と、重度要介護高齢者に対応できるシステムは基本的に全く違います。
安定性とはそのサービス内容と提供責任を明確にし、『重度要介護高齢者増加』『医療依存度の高い高齢者の増加』『ターミナルケア』等の課題に対応できるシステムを設計するということです。
B 制度変更リスクへの対応
もう一つは、制度変更リスクへの対応です。
有料老人ホームか高専賃かという議論が続いていますが、厚労省と国交省の綱引きで生まれた、歪んだ制度によって入居者保護施策は有名無実化し、高齢者住宅業界は大きく混乱しています。また、介護保険制度の方向性のところでも述べたように、介護保険と高齢者住宅との相性は非常に悪く、行財政・社会保障財政が悪化の一途を辿る中で、このような歪で無駄の多い報酬設計が続くと考えられません。
高齢者住宅事業は、民間の営利目的の事業ですが、その経営の根幹を介護保険制度や高齢者住宅関連制度に依存しているという非常に特殊な事業です。言い換えれば、現在の制度・報酬のもとで、経営が安定していても、それが長期安定的なものではないということです。
介護報酬が大きく変化すれば、収支・介護システムは成り立たなくなりますが、行政は、すべての事業者が安定して経営できるように配慮してくれるわけではありません。それは、療養病床の削減、訪問介護の軽度要介護高齢者の切り離しを見てもわかるでしょう。
この制度変更リスクは、高齢者住宅事業の商品設計上、最も特殊で、最大のリスクです。安定的なシステムを構築するためには、現在の制度・報酬だけを見るのではなく、どの方向に制度や報酬が動くのかを見据えて商品設計を行うことが不可欠なのです。
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