高齢者住宅に必要な視点B 〜可変性〜
二点目は可変性です。
高齢者の最大の特徴は、加齢によって身体機能が低下していくということにあります。自分でトイレに行って排泄をしていた人も、トイレへの移動や移乗が必要となり、尿意や排泄機能が低下し、オムツなどが必要となります。高齢者住宅という商品・システムは、加齢によるニーズ変化・サービス内容の変化に対応することが求められています。
しかし、それは簡単ではありません。
高齢者住宅に入居する高齢者の多くは、一時的な住居ではなく『終の棲家』を求めています。入居一時金にかかる『終身利用権』という言葉は、誤解を招くとして制度上は使われなくなりましたが、実質的な契約内容は『終身利用契約』であり、途中でサービス内容や価格の改定をすることは難しい契約です。また、建物を建ててしまえば、入居者の変化に合わせて何度もリフォームできるものではなく、設備の入れ替えには費用もかかります。最初に述べたように、『必要なサービスが変化する』ということが前提である事業であるにも関わらず、それに合わせて途中でサービス内容や価格を変更できないという、相反する特性をもつ事業なのです。
この矛盾に対応するためには、商品設計の段階で、要介護度変化・サービス量の変化に対応できるシステムを構築するという視点が不可欠になります。
@ 個別変化への対応力
高齢者住宅のシステム構築に必要な可変性には二つの意味があります。
一つは、『個別の要介護変化への対応力』です。
これは、自立独歩、自立排泄が可能な高齢者から、車椅子介助、排泄介助、そして寝たきり、オムツ対応が必要な高齢者まで、要介護度や身体状況、サービス内容の違う高齢者それぞれに対応しなければならないということです。例えば、元気な高齢者の入浴設備と、寝たきりの高齢者が使う特殊な入浴設備とは基本的に違います。車椅子での生活となると、ある程度の廊下幅でないとすれ違えなかったり、居室内で移動したり、回転するだけでも大きなスペースが必要となります。
また、軽度要介護高齢者は、『通院介助』『入浴介助』など、定期的なサービス提供が中心となりますが、重度要介護高齢者になると、ほぼ生活すべてに介護が必要となります。完全にプラン化することが難しい排泄介助等の『臨時ケア』、テレビを点けてほしい等の短時間の『すき間ケア』が多くなり、これがないと生活を維持できません。
A 要介護度割合変化への対応
もう一つは、『全体の要介護度割合変化への対応力』です。
これは、要介護1〜2程度の要介護高齢者が多くても、将来、重度要介護高齢者が多くなった場合の対応を想定しておかなければならないということです。
特定施設入居者生活介護の基準配置の介護付有料老人ホームでも、重度要介護高齢者が少数であれば十分に対応できます。しかし、重度要介護高齢者の割合が高くなると、個々の入居者のケアプランの合わせた全体の介護サービスの必要量が、基準で定められた介護看護スタッフ数で提供できる介護サービス量を超えてしまうために、重度化対応できないのです。
介護サービスは、労働集約的な事業ですから、介護サービス量を増やすためには、それだけ多くの介護スタッフが必要になります。そのためには、介護サービス量の変化に合わせて介護スタッフの数を変化できるような介護システムが必要です。
これには建物や設備検討も重要です。例えば、共用の入浴設備ですが、軽度要介護高齢者が多い場合は、一般個浴が混雑し、一方、一千万円近い金額を出して購入した、寝たままで入浴できる特殊浴槽は、数名しか利用していないという現象が発生します。逆に重度要介護高齢者が多くなると、その需要は逆転します。また、社員寮からの転換型の有料老人ホームや高専賃も増えましたが、生活動線や介護動線が整理されていないと、車椅子移動の高齢者でエレベーターが混雑し、別フロアーの食堂までの移動だけで多くの時間がとられることになります。
可変性を高めるには『介護』『建物』『設備』それぞれの工夫と、一体的検討による事業シミュレーションによって、その変化を想定する作業が必要になります。変化が難しいとされる建物・設備の可変対応についても、居室内トイレの変化、リース契約による入浴設備の入替え等、可変対応に向けての検証が進んでいます。
この可変性の強化は、重度化対応だけでなく、想定よりも軽度要介護が多い場合の収支悪化リスク、低所得の要介護高齢者を対象とした高齢者住宅に必要な、『応益負担』からの価格設定にも重要な視点です。これからの高齢者住宅の事業計画にあたっては、これまでの福祉施設にはない『可変性』という視点が、一つのキーワードとなることは間違いありません。
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