副読本その12 「憧憬」
「 カシオスっていうと、確か、星矢とペガサス聖衣を争った男じゃなかったか?
なかなかいい役が当たったものだな、俺がやりたいくらいだ。」
「 昭王と二役では無理だろう。」
「 まったくだ。 体格が違いすぎる。」
二人は顔を見合わせて笑う。
「 なんでも、アイオリアが推薦したのだそうだ。」
「 アイオリアが? なんでまた?」
「 よくは知らぬ。 なにか経緯があったのだろう。」
アイオリアは俺達よりもまめに訓練場に顔を出し、気さくに稽古をつけてやったり相談事に応じているらしい、そんな関係で知り合ったのだろう、とミロは考えた。
「 しかし、この竜旗っていうのはなかなかいいな、俺達の宮にもこんなのがあるといいんだが。
さしずめ俺の場合は蠍の縫い取りか。」
地色は真紅が好みだな、とミロは考えた。
「 お前の場合はなんだろう? 水瓶では、あまりぱっとせんが。」
突然に言われてカミュは首を傾げた。 ミロの発想はカミュを当惑させることが多い。
「 さて……、水紋か雪の結晶といったところか。」
ああ、カミュらしくて綺麗で品がいい!
それでカミュを包んで俺の宮に大事にしまっておきたいくらいだ
なにしろ、その辺を歩かせておくのも、もったいないくらいだからな
むろん、こんなことは口が裂けても言えたものじゃないが
そういう旗をほんとに作って、在宮時には掲げておくってのはどうだ?
あ……、だめだ、俺があまり自宮にいないのがばれるからな
あれこれと考えていて顔を赤らめたミロは、カミュに見咎められそうな気がして話題を変えた。
「 ところで、なんで竜の模様なんだろう? ほかにも、竜顔とか竜声とかあるが、ど
うして昭王が竜なんだ?」
「 古来、中国では竜は吉兆の瑞獣とされる。そこで、王や天子のことを竜になぞらえるものだそうだ。
竜衣といえば天子の衣服、竜眼といえば天子の眼ということになる。」
「 ふうん、西洋ではドラゴンは邪悪の象徴だが、正反対だな。 すると、老師の百龍覇や紫龍の昇龍覇はめでたい技なのか?」
「 え?………さあ、私にもわからぬ。今度、老師にお会いしたときにお伺いしておこう。」
そもそも聖闘士の技は敵を倒すためのものなので、相手にとっては、全て不吉、といえないこともない。
それが、めでたい技?
博識をもってなるカミュにも、まだ分からないことは多いのである。
夕刻を過ぎると,山頂にほど近いこの宮の空気は急に冷えてくる。 窓を閉めたミロが長椅子に戻ると、奥からグラスを持ってきたカミュがその一つをミロに手渡した。
黄昏時のほのかな明るさが琥珀の色を濃く見せている。
「 カシオスも昭王も父親を亡くしているというわけか。」
「 そういうことだ。」
ミロはグラスを手のひらで包み、ゆっくりと揺らした。 やわらかく芳醇な香りが広がっていく。
「 しかし、二人とも母親がいる。」
無言で頷くカミュの肩を、グラスを置いたミロの手がそっと包んだ。
←戻る ⇒招涼伝第十三回 ⇒副読本その13