副読本その14   「ミロ、猛烈に感動する」


「 おおっ、ついに来たか!」
「 何が来たのだ?」
「 何がって、決まってるだろ?こういう展開を俺は待っていたんだよ。」

   長かった、本当に長かった、俺は今、猛烈に感動している!
   ここに持ち込むまでに、艱難辛苦いかばかり、というやつだな、これは。
   そもそも、燕を滅亡に導かんばかりの大規模な水難を起こし、
   カミュ達を豪雨の中、何百里だか何千里だか知らんが国中を馬で駆け回らせ、
   俺の大事なカミュに怪我をさせてまでの苦労をしたのは、なんのためだと思ってる?
   舞台が紅綾殿の豪奢な寝室でなく、鄙びた村の離れだというのが予想外だったが、そんなことはまあいいだろう。

こみ上げてくる笑いを抑えきれないミロである。
「 お前、なにか勘違いをしているのではないか?隣りの部屋にアイオリアとアルデバランがいるのだぞ。 昭王の戻ってくるのが普通より遅ければ、不審に思い、様子を見に来るに決まっているではないか。 昭王がそれを考えぬはずがない。」
「 いや、お前にしては読みが甘いな。酒を飲んで酔っている、と再三再四書かれているのはなぜだと思う? 昭王はこの日一日だけの行軍だが、あの二人は初日からろくに寝ないで動いていたんだぜ? ことが成就して、ほっとして飲み食いしていれば、このあとすぐに酔いつぶれて寝ちまうのは間違いないね。 最後の思わせぶりな文章を見てみろよ。」
自信満々のミロは、いつもにまして饒舌である。
「 しかしアルデバランは本当にいいやつだな、男はこのくらい太っ腹でなくてはいかん。 こんど酒でも持っていってやるとするか。」
「 まあ、待て、ミロ。 いくら昭王が元気だといっても、私の方は、あ……、つまり物語の中の私だが、昭王の前で眠るほどに疲れきっているのだぞ。 余計なことをせずに、すぐに休ませてやるのが思いやりというものだろう。」
ミロはひらひらと手を振った。
「 余計なこと、はないだろう、カミュ。この前に昭王とお前が二人きりになったのはいつだか知ってるか? お前が水盤の水を凍らせる前に、貴鬼がお茶を取りにいったあのときだけだぜ。どんなに長くても十分はかかるまい。 その間なにをしていたかというと、昭王の頭の中は今回の水難のことでいっぱいで、燕の地理だの、前回の水難の被害だとかを説明しようと地図の前にいたんだ。これじゃどうしようもないだろうが。 おまけにあの時は、昭王は自分の気持ちに気付いていない。 俺は指折り数えて待っていたんだぜ、この機を逃してなるものか。今夜だ、今夜!」
一人、悦に入っているミロにつける薬はないことを悟ったカミュは、事態を静観することにした。
数回先までの原稿が手元にあることを言えるはずもなかった。


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