副読本 その15 「ミロ、確信する」
「ううむ、気をもたせるな、俺ならもっと積極的に打って出るのだが。」
「そこがお前と違うところだ、なにしろ燕王だからな。」
「ま、次回に期待しよう。ところで、俺は気になることがある。」
ミロが珍しく真剣な面持ちでカミュを見た。
「お前は昭王のことをどう思ってるんだ? ちょっと気になって最初から読み直してみたんだが、どこをひっくり返しても何も書いてない。
ほんの僅かの思わせぶりな仕草や、言葉の一つくらいあってもいいんじゃないのか?」
まさか昭王の一人相撲じゃないと思うが、こうも何も書かれてないと不安になるというもんだ。
趣旨はほんとにミロカミュに間違いないだろうな?
「何度も言うが、ミロ…」
「わかってるよ、あれは私ではない、っていうんだろ? それにしてもなあ、お前、もうちょっと何か言えよ。 俺が困る。」
苦笑しながら言うミロに、カミュも苦笑で答えるしかない。
「しかし王っていうのは不便なものだな。 なにしろ、話をしたくても、いつもそばに誰かいて、思い通りには話せない。
しかも周囲を気にして人払いすらできないっていうんだろ? 俺は嫌だね、どこも羨ましくないぜ。」
「普通の者が突然王位につかせられたら耐えられないだろうが、生まれ落ちたときから王となる定めであれば、その環境に自然に馴染んで育つものだ。
おそらく昭王も、不自由とか束縛されているとかは思っていないのだろう。」
「やれやれ、俺は聖闘士でよかったってわけだ。」
「私もそう思う。」
「お前のほうがいいぜ、俺と違って、今も昔も聖闘士だ。」
「さて……、昔の私が聖闘士であることをどう思ったかは、わからぬな。」
え………?
いつもみたいに、物語の中のカミュは私ではない、とか言うと思ったが、今の返事は、なんだ?
今のカミュが聖闘士であることに満足していることは、よく知っている。
今もそう言ったし、以前にも何度も聞いたことがあるからな。
しかし、なぜ、昔のカミュについてそんな思わせぶりなことを言うんだ?
自分が燕にいたら、聖闘士であることを残念に思ったってことなのか?
アテナを守る聖闘士は原則として聖域を離れてはならず、カミュのシベリア行きは、弟子を育成する特例として認められたことであった。
二千三百年前も、その事情は変わらなかったと思われる。
カミュが聖闘士であるかぎり、燕に、昭王のもとに滞在し続けることはできないのだった。
そんなことができぬのは百も承知だが、それでもなお、そう思わずにはいられぬ。
もし、燕を水難から救ったあとで、聖闘士の名を捨てることができたら……。
「カミュ、お前……」
しかし、ミロはそのあとの言葉を続けるのをやめた。 肝心のカミュが口を閉ざしているのだし、あらためて聞くこともない。
ミロは、物語では全く触れられていないカミュの心情を、遥か時を隔てた今、初めて知ったのである。
昭王にそのことを知らせてやれないのをミロは口惜しく思った。
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