副読本 その16   「逆襲のミロ」


「 …………。」
「 そんなに落ち込むことはあるまい、お前らしくないな。」
「 これが落ち込まずにいられるかっっ。俺がこの十日間、どれほど待ったと思う?十日だぜっ、十日! いったいなんで、こんな大事な時に寝衣なんぞ持ってくるんだ?気がきかないにもほどがあるっ!」
「 それは話が逆だろう。気をきかせたからこそ、夜の夜中に人手を集めて大車輪で新しい寝衣を仕立ててくれたのだ。 少しは感謝したらどうだ。」
「 感謝って………。」
ミロは茫然とした。体中の力が抜けてくる気がする。 いくらなんでも感覚が違いすぎるのではないのか?
「 おい、どうして、この状況を俺が感謝できるんだ? 俺だって、いつあの二人が、昭王を呼びに来るだけじゃなく、自分達も眠気を覚えてこっちの部屋に入ってくるかわからないことくらいは考えたさ。 だからせめて、自分の気持ちだけでもカミュに伝えたいと思ったんだぜ。」

   カミュがひどく疲れてることは火を見るより明らかだからな、
   いくら俺でも、そのまま事に及ぶなんて性急なことをする気はない。
   ここで嫌われたら元も子もないじゃないか、ま、それはこっちの事情だが。
   ましてや、帝王学の権化の昭王が何をするものでもなかろう。

「 これから天勝宮に帰ったら二人だけでいる機会はないだろう、って書いてあるんだぜ? せめて告白くらいさせてくれてもいいとは思わんか?」
「 しかたあるまい。 家の者とすれば突然の燕王の来訪に無礼の無いよう、できるだけのことをしようと努力したのだからな。 その誠意を汲むべきだろう。 それに、隣りの部屋に戻ったあとは、昭王に寝衣を受け取らせてしまったことを知りアイオリアが蒼ざめるのではないのか? さらに、当の昭王も怒りや不快感を表わしてなどいない。 それどころか、自分で寝衣を受け取るという状況に驚き、対応を思案しているではないか。 かえって面白がっているふしもあるぞ。」

   それなんだよな、問題は。
   幼少時からの帝王学の刷り込みというのはたいしたもんだ、
   どんな状況にも不機嫌になったり怒ったりしないところは、とても俺とは思えんぞ。
   いったいどういう教育をすればこうなるんだ?
   このまま聖域に連れてくれば、案外、教皇として立派に通用するかもしれん。
   しかし、こんな調子で果たして天勝宮に戻ってから大丈夫なのか?

ミロが不安を抱えるのも当然の状況であり、このままでは、とても納得できるものではない。
「 ・・・・・・なあ、カミュ。」
「 どうした?」
「 お前・・・・・この状況で昭王に抱かれたらどうする?嫌か?」
「 ・・・な、なにをいきなり・・・・・。」
「 いいから答えろよ、どうなんだ?」
「 そ、そんなことは私は知らんっ!あれは私ではないっ!」
しかし、真っ赤になって横を向いたその顔が如実に心情を物語っているようで、ミロは一応満足することにしたのである。


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