副読本その2 「ミロ、神に祈る」
ミロは満足していた。
あれから昭王の容姿が気になり、昨夜もあまりよく眠れなかったのだ。 もっとも、宝瓶宮に泊まれば、あまり睡眠が取れないのはいつものことであるのだが。
しかし、読んでみればなかなかいいではないか。 身長に触れていないのが少し気になるが、まさか140センチということはあるまい。
そのときミロは気になる事実に気付いた。
「おい、カミュ。」
「どうしたのだ? 真剣な顔をして?」
「台詞が一つしかないぞ、こんなに長いのに!」
「しかたあるまい、書いたのは私ではないからな。」
「それにしてもあんまりじゃないのか?」
「芝居なら楽だぞ。 なにしろ台詞を覚える必要がない。」
ミロは首をかしげた。
「そういう問題ではないと思うがな。 まあいい、この次は、もう少ししゃべれるんだろうな?」
「安心しろ、次回の方が台詞が多いそうだ。」
「当たり前だ、一つより少ないはずはないからな。」
話の中とはいえ、カミュの声が聴けないことに、ミロはたいそう不満だった。
しかし、聞いたこともない古代中国の地名や地理的状況の説明の長台詞があったら、たまったものではない、とも思う。
読むのも面倒そうだし、ましてや芝居にでもなったら覚えられるわけがないからだ。
先日、ムウがなにかいい古典劇の脚本はないか探している、とシュラから聞いていたミロは首をすくめた。
その時はギリシャ悲劇でも演出したいのだろう、と思って気にもとめなかったが、ジャミールに住んでいたムウのことだ、「
古代中国もいいですね 」 などと言って、本気で上演の計画を立てないものでもない。
ギリシャ悲劇といえば、アイスキュロスやエウリピデスか‥‥ああいうのはあまり好みじゃないが。
おい、待てよ?まさか、この小説、悲劇ってことはないだろうな?
ミロカミュだからといって安心するわけにはいかん!
国が滅亡しなくても悲劇という筋立ては有り得るんじゃないのか?
昭王は俺と同じでまだ二十歳だし、全盛を誇るというからにはまだまだ生きるにちがいない。
しかし、たとえば、カミュが隣国の戦に巻き込まれ………。
そこまで考えてミロはぶんぶんと首を振った。
芝居の上演もまっぴら御免だが、いったいこの先どうなるんだ?
なんとなく不安になって黙り込んでしまったミロを、カミュが心配そうに見た。
「どうした?顔色が悪いな。」
「いや、なんでもない。」
ミロはムウにこの小説のことが知れないよう、神に祈った。
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