「 カミュ……俺、考えたんだが……」
「 ……なにをだ?」
「 いや………やっぱり無理だ……やめておく……」
「 お前らしくもない。 はっきり言ってみたらどうなのだ?」
ミロが困ったようにして笑う。
「 だって、お前、きっと 『だめだ』 って言うに決まってるからな。」
「 何のことかはわからぬが、いってみなくてはわからぬではないか。」
「 うん………それはそうだな。 じゃあ言うけど………お前、紅綾殿に忍び込めよ。」
「 ………なにっ???!!!」
「 ほら、そんなに呆れた顔するなよ」
カミュを引き寄せたミロが真面目な表情を見せた。
「 いいか、考えてもみろ。 明日の朝には燕を出発する気なんだろう?そうしたら、残されたのは今夜しかないんだぜ。
昭王は、あの性格と育ちだからお前に夜這いをかけようなんて思いつくはずもないし、
万が一思ったとしても、そばに人がいすぎて不可能だろう。」
「 昭王が夜這い………って……」
カミュは絶句した。
まったくどこをどうすれば、そんなとんでもないことを思いつけるのだ、ミロという男は!!
あの昭王にそんな言葉を組み合わせること自体、信じられん発想だ、自分ができるからといって、あまりに突飛だろう!
むろん、私もミロにそんなことをされたことはないが、それにしても……………
「 お前と言う奴は……恥ずかしげもなく、よくもそんなことを言えるものだなっ!あの昭王がそんなことをするわけがなかろうっ!!」
「 うん、だからさ………お前の方から行くしかあるまい?
昭王は育ちがいいからこっそり忍び込むなんてできるわけがないが、お前ならやってやれないことはないと思うぜ。」
「 ひ、人聞きの悪いことを………!
私もそんなことをする気は毛頭ないし、それに昭王ほどではないが育ちが悪いつもりもないっ!」
「 誤解するなよ、育ちのことじゃなくて、気配を消して動くことができるだろうっていってるんだよ。
俺たちは聖闘士なんだから、普通の人間に気付かれないように動くなんて簡単なんだぜ。
昭王が動きが取れないんだから、お前の方から行ってやるのが人情ってもんじゃないのか? そうは思わんか?」
「 え………それは……しかし……」
「 いいか、論理的に考えてみるんだな。
明日出発すると言ったからには、きっと実行されるだろう。
もちろん、昭王はそんなことは認めたくないが、あの場で、貴鬼も何人もの侍僕たちもその言葉を聞いている。
お前がいずれは旅立つことをみんな知っているはずだし、昭王にはそれを止める正当な理由がない。
すぐに承諾するはずはないし、言葉を尽くして引きとめようとするのは儀礼的にも心情的にも当然だが、長く続けることはできん。
少しやり取りがあったあと、やむを得ず出発を認めることになるだろう。」
「 うむ………それは確かに……」
「 だから………」
ミロがカミュの耳元でささやいた。 暖かい吐息が首筋に伝わり、カミュの身をすくめさせる。
「 お前が今晩昭王のところに行って、せめて思いを打ち明けさせてやってくれ………
隣の部屋には人が控えている。 話もできないだろうし、むろん、ほかの何事もできようとは思えない。
しかし、手を握るとか……その……口付けくらいはできるんじゃないのか……?」
ミロが赤くなって黙り込んだ。
「 俺………おかしいことを言ってるよな………うん、自分でもわかってる……でも……」
蒼い瞳がカミュを見つめた。
「 俺はなんとかしてやりたい……少しでもいいから……ほんの僅かでもいいから昭王に思いを遂げさせてやりたい……
何とかならないのか?……カミュ………」
「 ミロ……………」
優しい手がミロを抱き、波打つ金髪に白い頬が寄せられた。
「 お前は本当にやさしくて………こんなに……こんなに昭王のことを思ってくれて………
私も二人を逢わせたい………できるものなら今すぐ飛んでいってなんとかしてやりたい………」
「カミュ………」
「きっと……そう……きっとうまくいくから………一足先に私を抱いてくれてよいから……きっと………きっと…………」
そっと伸ばされた指が行灯の小さな灯りをも消し、やさしい気配が部屋に満ちていった。
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