副読本 その6  「ミロ、勝利する」


「おい!どうして貴鬼がお前に抱かれたんだよっ?」
「私にもさっぱりわからぬ。手元にある原稿にはその話はまだ出てこぬから、判断のしようがない。」
「俺は納得できんっ!」
「仕方なかろう。 そのうち説明があるだろうから、気に病むことはあるまい。」

   カミュは気にしないかもしれないが、俺はとことん気にするぞ!
   この話は俺が主人公で、趣旨はミロカミュじゃないのか!
   だとすれば、カミュに最初に触れるのは俺であるべきだろう!
   それをなんで、カミュが貴鬼を抱かなきゃならんのだっ。
   貴鬼はムウと聖衣修復の修行をしてるんじゃないのか???
   ムウのやつ、弟子の監督不行き届きにもほどがあるっ!

ミロがいかにも面白くなさそうなのを見て、カミュが笑いながら言った。
「昭王のほうが落ち着いているように見えるが。」
ドキッとしたミロがあわてて読み直してみると、なるほど確かにその通りである。

   どうしてこんなに落ち着いているんだ?
   とても俺と同じ人間とは思えん。
   これが帝王学っていうやつなのか?

さらによく見てみると、最後の数行になって、やっと、昭王の気持ちがはっきり書かれているようだ。 するとそれまでの文章は、まだ自分の気持ちに気付いていない段階ということになるのではないのか。

   そういうことなら、……まあ、……許してやらんものでもないかな?

「ミロ、なんといってもこれは物語なのだから気にすることはない。 物語の中で私が貴鬼を抱いてもなんの支障もなかろう。 焦らないで先を楽しめばよいのではないか?」
現実に今ここで貴鬼を抱いてもなんのこともあるまい、と付け加えてもよかったのだがカミュはそこのところには触れないことにした。 おさまりかけている火に、好んで油を注ぐことはない。 水瓶座の聖闘士は常に冷静さを要求されるのだ。
ふと気付くと、ミロがじっとこちらを見ている。

「カミュ、………お前、貴鬼に触れたことがあるのか?」

   突然何を言い出すのだ、この男は?
   まさか、現実と虚構の見境いがつかなくなったのではあるまいな?

「ない。 貴鬼はムウの弟子である、というだけで私とは文字通り何の接点もない。」
「では、言葉を変えよう。 貴鬼に触れられたことはあるのか?」
カミュは形のよい眉を上げた。

   いったい何故こんなことを根掘り葉掘り追究されねばならぬのだ?
   今日のミロは、まったくどうかしている。

カミュは一刻も早く、この不毛の会話を打ち切りたくなってきた。
「ミロ、はっきり言っておくが、私は貴鬼に触れたことも触れられたことも決してない!」
ミロが鋭くたたみかける。
「ほかの誰にも?」
カミュの我慢も限界だった。
「くどいっ! 私が触れたのも触れられたのも、お前だけだ!」
そのとたんミロが満面に笑みを浮かべ、カミュは、あっという顔をするとうつむいて唇を噛んだ。 みるみるうちに頬に血の色がのぼってくる。
カミュの完敗であった。


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