副読本 その7   「ミロ、失敗する」


「 ふっふっふっ。」
「 何を笑っている? おかしなやつだな。」
「 だって、やっとお前の台詞が出たんだぜ。 お前、嬉しくないのか?」
「 いや、別に。 話す必要がなければ話すことはあるまい。」
「 あ〜あ、お前がそんなだから台詞が少ないんだよ。 いいか、見てみろよ、お前の台詞! あったのはいいが、たったの二つだけだぜ? それも 『 心得た! 』 と 『 承知! 』 だ。あんまり短いから俺は句読点まで数えたくなったよ。 なんなら 『  』 も数えるか?」
「 しかし、アルデバランも二つ。 アイオリアに至っては一つしかないが。」
「 あの二人は脇役だよ、脇役。 いや、それはこの展開から見て重要な役というのはわかる。 しかし、お前は第一回目の最初から出てるし、だいたい、俺の恋人役なんだろ? 俺はお前の声をもっと聞きたいね。」
腕組みをして一気にまくしたててから、ミロはカミュの表情に気付き、はっとした。
カミュは自分が 「 恋人 」 という言葉で呼ばれることをあまり好んではいない。 人前ではもちろんのこと、二人だけのときでもそうである。
事実そうなんだし、俺が思うんだからしょうがないじゃないか、とは思うのだが、カミュにはカミュの語感や考えがあるのだろう、現に、さっきまでとは違い、眉をひそめて冷ややかな様子をしているではないか。
いつも気をつけて、心の中だけにとどめておいたのに、今日はつい口に出してしまったのだ、物語の配役の話と言っても、この様子では言い訳にしかならないだろう。 ミロは自分で自分を蹴りたい気持ちだった。

その後は、ぎこちない会話を少し交わしたのみで、ミロは早々に宝瓶宮を後にした。 カミュは最後まで冷たくて、ミロをドアまで送ることさえしてくれなかった。
輾転反側する夜を迎えるのは、昭王だけではなかったのである。


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